hubris's Blog

こそーり書いておく

まだ仕事(詳細は伏せます)が形にならないのでこそーり書きものの断片を置いておきます。例によってApril Fool 級の品質(嘘度約100%)なので信じないように。結局LALR(k)ってコンパイラ屋さんの為の分野特殊的な知識だという気がどうしてもするのです。結局状態遷移表を内部的に持たないといけない、しかもその中身を人間が理解する必要はない、そんなアルゴリズムを使う気持ち悪さというのがあって、それでも使うのは性能を求められる場合だけであって、要するに計算機を使って自分たちの能力を超えた世界に行くことの或る無意味さみたいなものを感じるのです。なんか結局誰しもブラックボックスは嫌なんじゃないかと。

==== 文脈自由言語の中でも括弧言語(McNaughton(1967))や XML のように、生垣オートマトン(Murata(1999))で認識できる LL(1) のサブクラスに属する言語には強い整礎性(well-foundedness)があるため、正規表現に似た、陽に再帰的ではない表現を考えることができます。 この発想の延長上には最近話題の PEG(Parsing Expression Grammar、解析表現文法)とその実装である Packrat Parser (特に Perl6 pattern)があります。 また、ML 系関数型言語や C++ の高階プログラミング機能によって、正規表現や BNF は今後発展的に融合・解消する可能性があります。 ====

あと Ramsey(1931) 一応買いました。全く読んでないけど‥

Posted on 2009-09-28 04:12:35, 0 comments. Read this article.
強磁性

スピンをそろえようという力には自分なりに抵抗したつもり。


-個々の区画の取りうる状態数が少ない

-多勢に無勢、で転ぶ

Posted on 2009-08-30 23:07:12, 0 comments. Read this article.
perplexed in multiplex

http://labaq.com/archives/50779932.html


「18.母国の両親と電話中に父親に「どうしてぶつぶつと文句でこちらの話しをさえぎるのかね」と言われるとき(日本人は相手の話しが終る前に話し始めることで有名)」


どうも Skype とか電話会議系のシステムがいまいち使いづらいな、と思うのはこういうことだったのか。つまり半二重の通信チャネルではこれができない。


なぜ電話会議系のシステムが基本的に半二重になっているかというと 1 対 n だとレイテンシがばらばらだから単純にそれを到達順で合成しても会話が成り立たない。レイテンシが高すぎれば 1 対 1 でもなんとなく会話に齟齬を来すのは地球と衛星軌道上との会話を思い出せばわかるが、これらは結局クロックを拾い上げて刻々再同期することが難しくなるからだと思う(人間同士の会話には搬送波というものがない)。あと実装上の問題として多分何かエコーキャンセラ絡みの処理が 1 対 n で全 n 重だと破綻するのかもしれない(文字ベースの通信には無縁の話だ。ただ元メールを長々と引用する人とのやりとりにはエコーキャンセラがあると便利かも)。


文字ベースの会話が楽なのも、たぶんクロックを拾い上げて刻々再同期する処理の負荷が重く、またうまくいかないときの感情的なフラストレーションが高いからだと思う。そして、冒頭のアネクドートから察するに、日本人(だけじゃなくたぶん CJK に共通して)はとりわけその処理に割り当てているタイムスライスの割合が大きく、つまりよりリアルタイム OS 的な動作をしていると考えられる。クロックの遅い人間のディスアドバンテージが大きい社会だ。


対策のひとつはデジタル回路のクロックスキュー対策としてよく行われる配線の等長化(等遅延化)だろうが、安いシステムだとここがうまくいかない。パソコンの片手間仕事でやっている限り、ディスクアクセスとかコンテクスト切り替えなどのタイミングで遅延がバースト的に悪化するのを止める方法がなくその頻度も高い。またインターネットはいろいろなところにその種の中継点が入りすぎているから、最初に測定した相互の RTT が安定しているという保証もない。


(追記:ALSA が腐っているので Linux の電話会議はさらに難しいことになるのではないか)


ともあれ 3 人の会話を長距離で、汎用のコンピュータを通して、音声ベースで行うことにはたぶん本質的な無理がある。そしてせっかちな人々からなる社会ほどその無理が顕在化しやすいのだろう。

Posted on 2009-08-16 06:04:38, 0 comments. Read this article.
神の見えざる手の顕現としての「10年泥ショック」

すみません、「ぶつ森」ネタで文章を書く予定を延期します。


ほとんどいいたいことはタイトルに尽きてるんですけど、いわゆるIT業界の労働市場が2007年の「10年泥ショック」以後、閉じた(完全競争の、雇用の流動性が被用者の不利益にならない)市場になっているという仮説の提示です。これが正しければ今レイオフされている人の大半はあまり怖がる必要はありません。


技術進歩が止まり若手の流入が無いのがその原因です。技術進歩については電子工学の問題で、1GHz 以上でスイッチングを行うことが熱の関係で難しいからです(だからイーサネットもCPUのクロックも向上しない=情報システムの帯域増強がレイテンシとのトレードオフになっている)でも需要側はなぜたやすく搾取できる夢いっぱいの若手の流入を止め次第に劣化するロートルの割合を増やす(供給側を利する)効果しかないこういう妄言を吐いて自らの首を絞めたのでしょうか。報じられた理由は合理的に説明できます。なぜなら、これを報じた @IT は求人広告業界の広告収入で成り立っているメディアだからで、つまり労働市場が完全競争に近い状態であればあるほど(裁定取引としての転職に伴う)利益が上がるからです。だがそれを意識していたかどうかはやっぱり謎。こういうのを摂理というんでしょうか。


ただ、結局は市場間の均衡(他の業種のほうが将来性があるということ)が先にあって、発言が悪意にとられたということにすぎないのかもしれません。


なおここまで基本的にITの供給側の問題しか見ていません。2009年以降ITの最終的な新規需要が不可逆的に落ち込んだ(全体として飽きられ、見捨てられるフェーズに入った)可能性はもちろんあります。生産能力の調整とは生産設備および知識、人材の廃棄を意味しますから、データセンタがクラウドとやらに置き換えられて廃止になったり、レイオフされているIT専門家が自殺したりニートになったり精神病院に入院したりするという事になります。そうでない根拠を私は今必死で探しています。



Posted on 2009-08-11 05:00:57, 0 comments. Read this article.
日本語でおk

ロゲルギストK_2 の(*1)『理科系の作文技術』を上野の古本屋で買って少し読んだ。


私がなんら成果を出せないのは、考えたことをちゃんと他人に読める文章にすることを怠ってるからではないかという気がしてきた。ちゃんとした文章にしようとすれば思考のギャップや論拠の不足に気づくし(そこを埋めるかどうかは文章の目的にもよるが)、明確な結論を導いて(もちろん正しいとは限らないが)人を説得することもできる。


私の書く文章は枝葉と幹の区別がついていないと思う。この悪文の起源はおそらく1990年代初頭に遡る。当時私は高校生だったが、この頃、大学入試科目に小論文試験を取り入れることが流行していた。私は、知っていることを無秩序にあらいざらい書くことで高評価を得ることができた(*2)ので、その方法で小論文の模試や本番を乗り切った。そして自分の文章を改善するチャンスを逸したのだ。


自分が知っている、判っていると思っていることを日本語できちんと書くのが先決だ。


文章の練習として次エントリで「おいでよ どうぶつの森」についての説明を書こうと思う。これが私の夏休みの宿題だ。


*1)この部分は校正せずに残してあるが、正しくは「木下是雄の」


*2)今は読まないが、高校時代の私は蓮實重彦の文章を好んで読んでいた。彼の文章の特徴は、自己言及や深くネストした構文を好み、批評の対象となる人物を名指す際に複雑で滑稽な一意指示を多用することだった。単に「0と1」と書くべきところでも、同じ文章の中で2度目に書くときには、「加法の単位元たる自然数と乗法の単位元たる自然数」と書くのがハスミ(アシュミ)流の修辞だ(このエントリの冒頭で言及している本の著者名が、ちょうど明けの明星を宵の明星と書くような仕方で意図的に誤っているのはおそらくいまだに残るその悪影響だ)。こういった書き方をすれば文意を変えずに記述を際限なく冗長にすることができるし、文体にある独特のユーモアが漂うことになる。マルクス主義や20世紀中盤のフランス哲学の影響で、当時の日本の高等教育業界では、彼の書いていたような晦渋で衒学的な文章に対する評価は今日よりも高かったのだろう。だがこれを真似れば普通は(この脚注のような)単なる読みづらい悪文になる。

Posted on 2009-08-07 02:08:20, 0 comments. Read this article.
おじいさんのランプ

伏線が巧妙だ。「外に行けば、電信柱でも何でも遊ぶものはいくらでもあるに」なぜここでおじいさんが他でもない電信柱を遊具のいささか不適切な例として挙げているのか、その理由がわかるのは巳之助の一代記を読んでからだ。


しかしまあ「おじいさんのインターネット(笑)」を書くべき時期かもしれんね。サブプライム後のクラウド(笑)の普及によって職がなくなった巳之助がブックオフに本棚いっぱいのオライリーの本を売りに行く前に、かたっぱしからページをスキャンして Winny で放流するくだりは今読んでも泣ける。


そこで巳之助は黙ってはいられなかった。村の人々の間に、クラウド反対の意見をまくしたてた。「クラウドの計算資源というものは、長い線でデータセンタからひっぱって来るもんだでのイ、レイテンシも馬鹿になんねぇだし、その線をば夜中に個人情報がつたって行って、この近ぺんのPマークを取り消してくれることはうけあいだね」  こういうばかばかしいことを巳之助は、自分の馴れたしょうばいを守るためにいうのであった。それをいうとき何かうしろめたい気がしたけれども。

Posted on 2009-08-06 03:43:03, 0 comments. Read this article.
実物的景気循環理論

http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20090803/summers_on_rbc


RBC(実物的景気循環理論、つまりお金は実需の反映なので無視するマクロ経済理論)で不景気で産出が落ち込むのをTFPの低下(技術的退歩)のせいにするのは因果関係が逆だと思っている。工場は人ではないが、稼働率、操業率というのは失業率に対応するはずだ(Cobb-Douglas Production Function は工場の項と労働者の項を持っている)。短期的には操業率の低下は技術的退歩と区別がつかない。


ただ動かない生産プロセスとそれに付随する知識というのは不景気が続けば朽ちてゆくし、景気回復の折りにはもうそのプロダクトを誰も欲しがらなくなっているのでプロセスごと廃棄されることがよくある。余り物に値なし。これを技術的退歩と表現しているのだと思う。


プレスコット教授はミネソタ大学の先生だが、ミネソタの卵売りを思い出せば、たとえば卵の需要が不況で0に落ち込むことはまずありえない。インフレの影響も受けづらい。価格が変化するのはたとえば鶏舎にインフルが蔓延して殺処分した場合とかだ。こういう商品がRBCの世界では一番基本で重要だということになる。


RBCでは余暇(働かず、お金は使う状態)と失業(働かず、お金を使わない状態)を同一視しているのもよく知られているが(代表的個人がI期に働くとII期にはやることがなくなるので休む)、これは「代表的個人」に関する限りおかしい話とは思えないし、先進国の長期不況の説明にもなっていると思う。ただ、「格差」を最初から捨象した議論になっていることが最大の問題。

Posted on 2009-08-04 05:53:58, 0 comments. Read this article.
クビ

一応8月か、9月一杯で派遣元帰任、たぶんそのまま自宅待機となる見込み。


自宅待機になれば『シェルブールの雨傘』レベルのフランス語再履修とか(接続法とか出てこなければ少しは分かるレベル)、高校~大学初年級レベルの確率・統計・モデリングとか、いろいろやりたいことはある。ただどれも直接ジョブリレバンスのなさそうなスキルだよなぁ。IPA の IT スキル系の試験とか簿記2級とかのほうが世間受けはいいはずで。


自分の家の近くでアルバイトができるなら、飲食店のできれば厨房で働きたいけど、包丁の扱いが壊滅的。桂剥きとかみじん切りとかが全然駄目だ。素材の下ごしらえとか米研ぎあたりからやらせてもらえないだろうか。皿洗いでもいい、ウェイターとかからでもなんとか入り込みたい。


今朝の日経1面に日立とか富士通がクラウドに100億づつ投資、みたいな煽り記事が出ていて気持ちが暗くなる。VM の個別のインスタンス毎に(OS、アプリレベルの)設定は違うし、RDBMS を明日捨てるわけにもいかないだろうから、物理的なサーバやスイッチの構成が多少均一化されたところで自分の知識が1年後には全く無用になっている筈もないのだが。とりあえず VM ハイパーバイザと hadoop 等の練習はしといたほうがいいかも、ただ未経験なら採ってはもらえないらしいからやっぱりジョブリレバンスは疑問。


クラウドというのは廃熱は減らしても物理的ノード数を減らす方向には行かない(Core 7i をやめて Atom を複数並べる方向ということ)から、大手系列のチェンジニアにとってはむしろ朗報なのだと思う。DC電源化もなんともいえない。やっぱり AC で行くような気がする。iSCSI もイーサネット給電も(IP電話端末を除けば)普及していないし。


※以下増田に書いたのを転載




当方IT屋。非プログラマ。失業がほぼ確定した。TVAに就職したい。FDR神社があったらお参りするのに(いや日本人としてそれはプライド捨ててるだろ)。ありがたいことに、雇用調整助成金の拡充と、雇用保険の給付要件の緩和のおかげで、向こう半年くらいは延命できる見込み。問題は労働市況の谷がその程度で済むかどうか誰にもわからないことだ。IT産業構造調整臨時措置法案が審議されているという話はまだ聞いていない。


ダイクストラ大先生は「景気が悪くなると悲観論が出てくるのはいつものことだ」と仰っているし、資本集約的技術であるクラウドコンピューティングや ISAM への技術的退化ともいえる BigTable 等はまだ萌芽的で、ましてクラウドを信頼しない委託計算の暗号理論は緒についたばかりで(代数学を全く知らない身としてはほんとに使い物になるの?と思うが)、分業も進んでいないから(要するに Linux や Windows Server の為にはかつて IBM が完備していたような職種別ツールとマニュアルがない、バックアップ関連は特に壊滅的)、現状の知識(労働)集約的な仕事のやりかた自体が数ヶ月で覆されるというのは現実的でない。もちろん方向性としては IT はどんどん資本集約的になるとは思う。ただ、OS(VMハイパーバイザとか、ストレージエンジンとか)を書く人間以外は何も知らなくていい、というところまで行くかどうか。計算機に何ができるか、一般人はまるで知らなかった 1960 年代とは違うのだ。


バンプ・オブ・チキンの『乗車権』という歌は産業予備軍説について歌っていてとても恐ろしいけれども、加藤智大くんが『ギルド』に共感したほどにはあの歌が今自分にあてはまっているとは思えない(思いたくないだけかも)。IT業界の転職は同分野が多い、という話も、前回の景気後退時に土建業で、前々回に金融業で聞いた話と全く同じだ。実際、未経験者可、の仕事では家内と二人で食っていくのは無理。キャリアチェンジを図るなら、雇用調整助成金による自宅待機で家賃と食費を賄いつつ、地元でアルバイトを探してとっかかりにするくらいしか思い浮かばない。


MRとかっていまどうなんだろう。一応 MedLine くらいはやれといわれれば検索できるだろうし、高校程度の無機化学の素養はある(あんまり忘れてない)けど‥


ともかく、ラッダイト運動のようなことを今やっても無駄なのは確か。社会が安定している分、自分たちの力で状況を変えられる可能性は古典経済学の黄金時代よりもはるかに小さい。リスクを極限まで減らしたければ人生そのものがリスクなのだから、-2価の硫黄化合物を吸引して天国なり地獄なりに移住すればいいのだが、自分ひとりではないのでいまひとつ踏み切れない。


一応、家内に「もし東南アジア、香港、インド等で仕事することになったら一緒に来れる?」とは言ってみた。仕事があるかどうかは知らない。通貨価値の格差と、アジア人英語なら自分でもなんとかサバイブできるんじゃないかという程度のことしか考えてない。たぶん暑くて死ぬ。家内が日常生活に必要な英語を習得するのはなんとなく私より早いと期待しているけれども。チャイナ本土は勘弁。中国語と名のつくものは広東語であれ北京官話であれまったくわからない。だいたい高校時代、漢文で落ちこぼれて赤点を取り続けていたのは国立文系進学クラスで私くらいだった。

Posted on 2009-08-04 02:53:35, 0 comments. Read this article.
ハノイの塔にはもっともらしい都市伝説が流布されているけど

http://log.pira.jp/archives/1927


Qi という言語を初めて知った。なんか静的型付け(必須ではない)、パターンマッチングのできる Lisp で、型定義がシーケント計算で書けるらしい(入力フォーマットと表示フォーマットはきっと違うんだろうけど)

才能のある中高生とかに計算機科学を教える教材として使う気だった模様

Qi の内部的なインタプリタ(VM)は AUM (Abstract Unification Machine) と名づけられていて、ロゴも siddham ぽいし確かにインド系の宗教にかぶれていたようだ

出立は口にしても勝利とかいわないから(宗教的に)まともな印象は受ける


ジョージアテックで ACL2 上に below ε_0 の順序数計算をインプリメントした Daron Vroon 氏は学位を取らずに今は神学校に行っているそうで


特に根拠はないんだけど超越的に実無限があったりオラクルを仮定する世界で暮らすよりも自動推論とかそういうのを具体的にいじるほうが「有害」な気がする。まあもともと宗教的な(たぶん信仰心とはあまり関係が無い)人が計算をやっていた、という方が納得がいくけど、やってるうちに徒労感みたいのがたまってくるのかも

Posted on 2009-08-04 02:08:56, 0 comments. Read this article.
信用

2億の借金を作るのは簡単ではない。


10人の事務所の年間人件費が、1億。10人の人生を背負う経営者が借り入れられる額はきっとそのあたり。


そして、かみさんひとりしか養えない私の信用は、その1/10で、1000万。世の中はすごくシンプルにできている。


100人の人生を背負えば、10億。1000人なら、100億。


企業の有利子負債総額や時価総額をこの尺度で見てみたら何か見えてくるかもしれない。

Posted on 2009-07-31 16:41:47, 0 comments. Read this article.
Dijkstra のアレ

Edsger W. Dijkstra, 1972 Turing Award Lecture, http://awards.acm.org/images/awards/140/articles/4860551.pdf


Nowadays one often encounters the opinion that in the sixties programming has been an overpaid profession, and that in the coming years programmer salaries may be expected to go down. Usually this opinion is expressed in connection with the recession, but it could be a symptom of something different and quite healthy, viz. that perhaps the programmers of the past decade have not done so good a job as they should have done.


1960年代にはプログラミングは好待遇すぎる職能だった、今後はプログラマの給与は下がると思われる、という意見を最近よく耳にします。景気後退に伴ってこういう意見が出てくるのはいつものことですが、同時にこれはもっと別の、まったく健全な何かの兆候でもあると思います。即ち、おそらく1960年代のプログラマは本来やっていてしかるべき水準の仕事をしてこなかったのです。


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なんかはてな界隈のSI業界話に強い既視感があったので掘り出してみた


※若干体裁を変えて某所にポストしますた

Posted on 2009-07-28 05:49:46, 0 comments. Read this article.
Veblen(1908)とか

文京シビックセンターの展望レストランは貧相な私を見て差別してくれたらしく、オーダーが通っていなかった。


論文読みの時間だ。Veblen(1908) の順序数関数論。initial segment を section、end extension を residue とか用語が微妙に古い気が。self-residual てのは cardinal の定義でいいんだろうか。どんな woset もそれ自身の section と similar でない、とか、the smallest self-residual number is evidently ω、とか書いてるからたぶんそんな感じ。similar てのは isomorphic ってことか。


ああ、伸ばしたわけじゃないから end extension は変か。何て言うんだろ。


さすがに古すぎると思った。やっぱり普通の教科書でちゃんと ZFC とか順序理論とか勉強しないと歯が立たない。

Posted on 2009-07-25 17:37:09, 0 comments. Read this article.
wikipedia: Full employment theorem

自分がクビになったらどうやって家内を食わせてやればいいんだろう。とりあえずコンティジェンシープランとして、政策金融公庫から事業資金名目で1000万円くらいは引っ張れると思うけど、失業し続けてたら元本を食いつぶして終わりだ。

料理が好きなほうだし、調理師のペーパーテストくらいは通ると思う。栄養士になるには専門学校で課程教育を受けないといけない。華僑には三把刀、という言葉があって、刃物をちゃんと使えれば世界中どこででも(裁縫か料理か床屋で)食ってける、という意味らしいけど。

家内を日本国外に連れ出す時点でほぼありえない。でも国内の需要は縮小一方だ。

プログラマと景況については Dijkstra が Turing 賞受賞講演の中でちょっと触れてた記憶がある。あとで ranha さんのまとめから探して読んでみる。あとは例の偽 Stroustrup インタビューとか。

私はプログラマではないので参考程度にしかならない。

完全雇用定理、という単語が一般的なものかどうかは分からない。Google Scholar 様は予想通り経済学の論文ばかりを返してよこす。Reference に挙がっている http://www.cis.upenn.edu/~cis570/slides/lecture01.pdf の 8ページ目を読む限り、コンパイラ屋界隈で広まっている冗談(あるいは学生に対する煽り)のようだ。

同様に数学とかウイルス/スパム検知ツールとか、あとウイルス作り、スパムの文面考えるのとかがこの定理の成り立つ分野の候補として挙がっている。あとノーフリーランチ定理から、ソートアルゴリズムの最適化はデータの偏りを利用できるので、万能究極のソートアルゴリズムはない。

本来の(弱い)主張は creative な r.e. set の存在とたぶん同値なので、ものづくりを WORM メディアへのビット列の書き込みと同一視した藤本隆宏説に従えば、昔から言われるバラ作りだけじゃなく世の中のほとんどの仕事に(適当な抽象度でその仕事における制約を表現した再帰的公理系があるものと考えれば)あてはまる。また自然界の遺伝子工学に対抗して医薬のデザインを行うというのも原理上フルエンプロイメントではある。問題は高級品や新作、新しいバズワードやREITや排出権など実体のない商品とその市場をいくらでも定義できるがその需要は保証の限りではない。また災厄の類によって発生する需要は自然界頼みであり生きてるうちに食えるかどうかわからない。

コンパイラ作成技術があればどこ行っても食えるか、職に困らないか、という強い主張はだからもちろん成り立たなくて、ハードウェアの進歩によって最適化のメリットがコストを上回るようにならないとやっぱりコンパイラ屋も失業する。そうはいっても、規制業種の参入障壁くらいにはハードルが高いから、人口に対するコンパイラ屋の比率はそう簡単には増えない。


結局、若くて頭が回る時期に難しいことを体得しておくとジョブセキュリティの観点からもよい、というあたりまえの結論になる。

Posted on 2009-07-25 17:03:50, 0 comments. Read this article.
8月はいっさいの娯楽的電脳生活を断とうかなあ、くだらなすぎるよ自分の生活が

ドワンゴ会長の病的な釣りにマジレスしていらい体調がへんです。いやほんとは金曜土曜とウイルス性腸炎で寝込んでた後遺症なんだけど。かまってあげられなくて家内がかわいそうです。


ちなみに「あきそら[2]」は枕の下に隠してました。内容薄っ。もう買わない。


CDとか買う金がないので(特に例の三人娘の階差なやつとか)、上野のTSUTAYAに行ってみた。なんかDVDの品揃えとか、量は多いんだけどぜんぜん魅力を感じない。あれじゃ子供の遊び場でしかないよ、と思った。西洋古典音楽の棚の壊滅振りがまた泣けるんだ。弟のコレクションに軽く負けている。


うわさによると当座預金にペナルティを課すことにしたらしいスウェーデンリクスバンクはさ、ぼつぼつあの消防署のほうから来ました的に紛らわしいお祭りをアルフレッド・ノーベル記念賞と呼ぶのはやめてクヌート・ヴィクセル記念賞にするといいと思うんだな。だってノーベルぜんぜん関係ないし、ヴィクセルの偉さはもっと強調されてしかるべき。まあ一時は人口減少で限界集落化してロシアに踏み潰されそうになったくらいの村興しなんだからヴィクセルなんて無名人をフィーチャーしてもしょうがない、と反論されるのはわかっているけど。ところでコンポジション4はノーベル賞ものだ、って言ったらノーベルはおこるな、きっと。マンハッタン計画参加者のノーベルローリアット、大勢居るけどね。


そしてバンク・オヴ・イングランドはいまこそ満を持して終風翁も瞠目するアダム・スミス賞を設立し、「道徳と感情」のモラル・サイエンスを大プッシュ‥する時期はとっくに逸してますか。昔、京都賞というのができた当初は稲盛入道(まあ当時は俗人だったが)の売名のためにカルト企業京セラの利益をつぎ込むとか散々いわれてた。今どうなってるんだろう。いまや京セラ(KDDI)をブラックだのカルトだの誰もいわないよね。昔の松下とか。


コンビニでマテリアルガールがかかっててふと思ったんだけど(-ガール、というsuffixがつくからといって中田ヤスタカの未発表曲じゃありません)マドンナのパパ・ドント・プリーチのときの教皇ってあのポーランドの人でよかったんだっけ。別にことさらドミニコ会=説教者修道会に対するあてこすりの意図はないよな。全体としてカトリック信仰に喧嘩を売る意図はあまりに明瞭だけれど。しかしまあドミニコ会士の現代における等価物は人権団体とか環境団体のロビイストだろうな。同性愛者に権利を、とか無神論的自由主義、不可知論を標榜しながら、彼らのやってることは「キリスト教徒にふさわしい精神」の押し売りの現代版だ。そしてそれにすばやくすりよる金貸しども。カーボンエミッションの売買は現代の贖宥状そのものだ。マモンのかわりにガイアとか人権、健康とかを偶像崇拝するというのがこの「新しい中世」の堕落した教義らしいよ。そのうちタバコを吸ってると公共に対する毒ガス攻撃として異端審問にかけられる世の中にマジなりそう。タバコを吸うという愚行がいかに自然法の観点から正当化しがたいか、スコラ的に論証できるようになっとくと就職口に困らない、まっくらな未来が来るかも。下々はカルミナブラーナでも聴いてその日暮らしの楽しみを謳歌するすべを学んでおきましょう。(児ポがらみの論点はあえてスルーしますがもちろん関係ありありです)


そういえば日本語版の「主の祈り」がエキュメニカル化されてからどうも天主教の礼拝施設に足が向かわない。関口の大聖堂は職場から歩いて10分くらいのところなのに。


※別にことさらすばらしい内容だとも思わないけどこういう観点から見てほしい、というのはあるので「新しい中世」のくだりを増田に投げてみました。

Posted on 2009-07-20 06:19:09, 0 comments. Read this article.
スルー力が足りない

うっかり変な自殺予告みたいな記事にぶくまつけてお坊さんみたいなコメつけてしまった


自分の近くにまったく同様の経緯で喪にとりつかれたやつがいたので(幸い、彼は5年以上かけて生き延びた)自責の念とかを含めて他人事と思えなかったが大会社の会長の自分語りだとするとほとんど理解できない。前述の理由により内容には普遍性があると判断しているけど


何か、たとえば某動画サービスが黒字にならないせいで実はすごくまっかっかとか、そういう理由で死ぬ合理性があるならもう(運営には通報したけど)手遅れだろうし、そうでなければただのうっとおしい狂言だ


これではてぶの既知外どもに変な絡まれ方したらまた id 抹消せねばならん


あーーなんてばかなことをしたんだろーーー


(ちなみに数日前読む本がないとほざいてf翁とM王のリアクションをもらったのも私です)

Posted on 2009-07-19 13:59:00, 0 comments. Read this article.
無題

http://www.tom.sfc.keio.ac.jp/~sakai/d/?date=20090708#p01


※追記:やっぱり根本的にまちがえてるっぽい。


述語 P を「自分より前の全員が助かる戦略がある」とすると ∀n P(n) が真だから、超限帰納法で P(ω) は証明できるし、それを足がかりにいかなる可算順序数 o に対しても証明できる(無意味)。助かる人数は \Aleph_0 人としかいいようがない。ここまでは小人さんパズルの n 人バージョンの一般論でしかない。


ただし、ω_1 (以降)にまでこの議論が拡張できるかどうか? どんだけ可算順序数をつくってみても、<ω_1 の全ての可算順序数を並べつくしたことにならない以上、ω_1 には上がれない。いかなるイニシャルセグメントをとっても \Aleph_0 だけど全体としては \Aleph_1 (以上)とかそういう化け物はありか? 超限帰納法が使えると仮定している時点でたぶんだめだろうけど、正直わからん。


P(n) の証明よりまずい(弱い)戦略でも \Aleph_0 人助けられるか? というのはちゃんと定式化できる問いだろうか。少なくとも単色決めうち戦略がだめなのはすぐわかる。とりあえず戦略を Σ とかを使わない形で書き直さないといけない。それと助かる人数が \Aleph_0 人いても、助からない人数が \Aleph_0 人居るならそれは悪い戦略だといえる。助からない集合の濃度が確率 1/3 で 1、というのが今のところの最善だが、これを 0 にできるかどうか?

Posted on 2009-07-15 16:52:38, 0 comments. Read this article.
無題

皆様(って誰)ご存知とは思いますが私は数学や論理学のトレーニングは受けておらずダボハゼ的に右も左もわからないまま参照関係を追ってはそれを citeulike にポストしているだけです、なぜこんなことを続けているのか自分でもよくわかりません


tri_iro さんの twit を見てちょこっとぐぐったら http://www.math.psu.edu/simpson/talks/umn0105/talk.pdf に一行だけ "The proof uses an idea of Pour-El/Kripke 1967." と書いてあったので、それが Simpson の WKL_0 のモデル理論とどうつながるのかさっぱりわからないけど、やっぱりあれは理解して訳して広めないといけないと思った。とりあえずあれの最初の1/4だけ読んで r.e. set の半決定可能という事態のイメージがはじめて理解できたので、残りの部分もきっと目からうろこが落ちまくる内容なのだろうと。


Yale 遊学中の柄谷行人が読んで影響を受けたはず、というのが私的にはいちばんの理由。でもそもそも「形式化の諸問題」(『隠喩としての建築』所収)読んでないんだよなぁ。なんで読んでないものの内容をわかった気になって決め付けて妄執しているのかがわからない。たぶん別のカラタニの書き物か対談かを読んで脳内に直観というか電波が湧いたとしか。

Posted on 2009-07-14 14:59:50, 0 comments. Read this article.
generic templete programming の証明論

たとえば C++ のテンプレートや Java の generics、Common Lisp のマクロを駆使したプログラムの型がつくことの証明は一般には極めてネストの深い整礎構造上の帰納法を用いる必要がある。


これらの整礎構造には当然おのおのと同一視できる countable ordinal が存在するが、これは潜在的にはとてつもなくでかい。どう表記するか、というのが問題になるくらいにでかい。Anton Setzer らがこれらの表記について研究を行っている。

Posted on 2009-07-13 02:42:01, 0 comments. Read this article.
Hájek-Pudlák と Ajtai(1994)

国会図書館で JSTOR にアクセスしていくつか懸案のものを仕入れたので、向こう半年くらいはもう論文も本も一切新しいものは探さないことにする。ちょっと外食とか小旅行とかタクシー代とか夜勤時の仮眠とかで無駄遣いしすぎたので夏の車検代を考えると当面 JSTOR や ACM で手に入らないものをお金出して買う余裕もないし。ただし『あきそら(2)』>『ハヤテ(20)』>> ⊿(Perfume(2009)) > Ramsey (1931) っていうひどい選好については別途検討を要する。Ramsey 本人が何を考えていたのかは気になるけど、まあ決定問題をやっていたら証明論経由で組合せ爆発という本質に突き当たった、ということにしておいてそんなに外れてもいないだろう。


Hájek-Pudlák の教科書と Ajtai(1994) を見れば、IΔ_0(exp) とか IΣ_1 とか弱い体系のモデル理論とか証明論とか Ramsey 型の定理とか私が拾い読みレベルで見てるようなことは全部きっちり書いてある模様。ただ本で200ページ、論文で20ページを超えると基本的にはあきらめてしまう人なので、これらの完全理解は自分の能力は超えていると判断している。


しかしやっぱりチェコとかハンガリーとか東欧系の人が多いのだなぁ。


証明論は Pravitz 読み通せてなくて Noetherian induction 以前に hauptsatz でつまづいてる現状ではこれ以上わかりようもないので、De Bruijn 路線というか、オーダの評価の簡単なとこだけに絞っていこうと思う。Knuth の『οとΟとΘ』を訳すのがそもそもの大目的だったわけだし。Kojman-Shelah(1999) の回帰的 Ramsey 数の論文は、ともかく ACK_n(n) をいずれ上回ることを証明してあることだけは把握。まず Ajtai-Komlós-Szemerédi(1980)の Ramsey 数の評価を理解することが先決。Shelah(1988) の van der Waerden 数の評価(PR bound)はどうみてもこれらに比べてすげー難しそうだったので投げた。(Ajtai-Komlós-Szemerédi でぐぐったら id:okamoto7 さんの日記で、同時期の別のソートアルゴリズムの業績がひっかかってちょっとおもしろかった)


Ajtai-Komlós-Szemerédi(1980), note on ramsey numbers は家にプリントアウトはあるのですが jstor 番号がわからず post できません(当日図書館で検索中に発見してそのまま持ってきたので)。

Posted on 2009-07-12 16:41:27, 0 comments. Read this article.
JANOG24

日本の Internet 運用実務者の会議、JANOG。初代会長とは机を並べて仕事してたこともあるし、歴代のProgram Comittee何人かを個人的に知っているけれど、実は初参加かも。懇親会にはレジストしそこねたし、明日は一日家内と過ごす予定なので本日のみ。業界関係者以外理解できない話ばかりですので判らない方はすみません。

最近は専ら firewall の中で仕事をしているので、あんまり縁がないかなー、と思っていたのですが、そうでもなかった。

主に lighting talk ネタから。

・ihanet.info IPv6 による個人間 BGP4 実験用ネットワークの紹介。発表者が小学1年の頃の PC-6001 との馴れ初めの濃い話で場内爆笑、つかみは OK。 ・kokatsu.jp IPv6 への移行話が見えないまま要するにNGNなどアクセス系ISPでのLSNしかありえなくね?という空気も感じる中、着々と枯渇が迫るIPv4。その情報を集約し対策してゆこうという官民合同のプロジェクトの紹介。発表者の人がやたらエネルギッシュだった。 ・Default-free Zone? BGP4 の prefix に細工して伝搬されないはずの経路をアナウンスしたのに、ping が戻ってくるネットワークが全 AS の7割!要するにこれは default route を設定しているからで、looking glass とかは到達性を判断する基準にはならないよ、という Randy Bush 氏他の研究の話。 ・JUS の運用定義話 いまやってる仕事には一番近いかな。オブジェクト指向分析/デザインの枠組みで、いわゆる24/365の運用・障害対応の業務定義をやろう、という試み。とりあえず cacti みたいにパフォーマンスの継続的測定と警報の両方をやるものが枠組みに収まりづらくないか? とは聞いてて思った。 ・DNS prefetch【追記】 Google chrome の URL 入力欄は ajax と同じノリで、fqdn っぽい文字列が入力された時点で resolve を試みるという仕様。Firefox 3.5 以降だと、HTML に含まれるあらゆる URL の resolve を試みるという仕様。末端の cache DNS への負荷増大が怖いね、という話。/ あとメモリ消費量が増える問題もありそう、と聞いてて思った。

関係ないけど、今回の会場となったJA(全農)と経団連会館と日経新聞の新しいビルは地下茎でつながった植物の三本の茎のような構造になっていて、ああそうか、財界と農協は仲良しなんだ、まるっきり重商主義じゃん、と何かを悟った気分になった。

Posted on 2009-07-09 15:04:46, 0 comments. Read this article.
この苗字でこの分野だといろいろ誤解されそうだな

とりあえずやってることの意義が自分レベルでもわかるってのはありがたい

http://www.cs.uwaterloo.ca/~mackerma/


ちなみに前に書いたけどコンパイラ屋さんの Appel の父親は四色問題を放電法によるブルートフォースアタックで解いた Appel です

Posted on 2009-07-07 12:52:25, 0 comments. Read this article.
AIST?
Posted on 2009-07-06 23:30:14, 0 comments. Read this article.
JSTOR

『バナナフィッシュ』の最初の方で、アッシュ・リンクスがバナナフィッシュの薬理作用と構造を推測するペーパーをNYPLの資料だけで書くシーンがある。Shulgin-Shulgin の PiHKAL とか TiHKAL だけではなく、あちこちの治験のペーパーを参照しながらやっていた筈で、今なら MedLine の出番。思えばいま私がやってるのはこれと似たようなものだ。専門のトレーニングを受けたことのない人間が自分の論理的推測と世間知だけでどこまで学問を理解できるか、という。吉田秋生ならずとも、NYPL で調べものをすれば誰しも同じことを考えたのだろうけど。


まあそれはそれとして、JSTOR 関連の動向についてはカレントアウェアネスポータル(国立国会図書館)が日本語で詳しい情報を出している。


NYPL だと JSTOR 読めるんだよね。


日本の自治体図書館で JSTOR 読めるとこなんてないよね‥今日はNDLも南東北大学の図書館も休館日なのだorz

Posted on 2009-07-05 03:02:10, 0 comments. Read this article.
学習理論と最適制御理論

CMU の教授である McCallum が学習理論を持ち出すのはいかにもな話だけど、新しい言葉に惑わされるのはまずいと思う。「その均衡解は摂動に対して安定でない」という連続時間版の批判を離散時間に置き換え、視点を経済全体の解析力学から、<s>経済シミュレーター</s>適応的物価予測機械というオートマトン=力学系に移しただけの話ではある。


1950 年代に MIT のケインジアンによって書かれた Samuelson-Dorfman-Solow の教科書『線形計画法と経済分析』の21世紀版は Ljungqvist-Sargent の『再帰的マクロ経済理論』とか、<s>『魔笛』の夜の女王</s>Stokey-Lucas-Prescott の『経済動学の再帰的方法』で、今はこれらが標準的な教科書になっている。計算論を意識したタイトルになっているのは偶然ではない。計算機科学側からのアプローチとしては Borodin-El=Yaniv の『オンライン計算と競合比解析』で、これは MIT の先生が書いたので(元になった授業の科目名「趣味と実益の計算量理論」を書名にすればよかったのに)、同じく MIT 閥の前者を参照し、シカゴ学派に属する後2冊は無視しているけれども、金融工学が変えた経済シミュレーションの時代精神はこれらの教科書によってひとしく代表されているとみてよい。これらの本を読んで勉強すると McCallum が前提にしているような適応的株価/物価予測機械の作り方がわかり、それにデータを食わせて相場や経済をシミュレートすることができるようになるはずだ。


※『魔笛』の夜の女王のソプラノ泣かせのアリアをうたう Nancy Stokey というのは、シカゴ大学の院生の内輪ネタ。なお Stokey の夫は Lucas。http://cruel.org/econthought/profiles/auxfiles/stokeyragej.html


McCallumの FTPL 批判のテクニカルな細部はわからないけど、断言できることがひとつある。今ものすごい勢いで赤字財政が是認されているが、この副作用としての物価高、スタグフレーション、政府の徴税の厳しさといろいろな経済活動に口を出す息苦しさはやがて人々をうんざりさせる。池田信夫先生が「今」どれだけうるさく言っても何も耳を貸さない彼らが、「後」10年くらいすると Buchanan-Wagner の『赤字財政の政治経済学』を手に取るだろうこと、Beatles の Taxman をプレイリストに入れるだろうことだ。そういう長期的視野で Ricardo-Barro equivalence は事後的に成り立つことになる。

Posted on 2009-07-04 09:49:04, 0 comments. Read this article.
図書館

家から南東北大学中央図書館までは車で1時間半。 上野駅からバスで会社に行くのだが途中本郷三丁目のバス停からたぶんT大付属総合図書館まですぐ。 電車で日比谷乗換え、有楽町線で永田町で降りればNDL。


行くチャンスくらいいくらでもありそうなのになぁ。

Posted on 2009-07-04 02:28:32, 0 comments. Read this article.
思想史、学説史は日本人好みのアプローチだと思う

思想史、学説史は日本人好みのアプローチだと思う。支配的ディシプリン1本に特化して金太郎飴的にペーパーを量産する、というのは日本人に向いていない気が。


米国では1940年代に、ラテン語を習い、ドイツに留学した世代と、英語メインで学問を修めた世代の間に知的断絶が起きた。おそらく親独がファシズムを意味するようになったからで、それ以降に外国からの影響を語るのは基本、左の人ばかり。チョムスキーの『デカルト派言語学』初版は、独仏語の引用が多すぎて誰も読めなかった/読もうともしなかった。要するに米国は英国と独墺・東欧圏からの亡命者という窓を通してしかヨーロッパの知的遺産にアクセスしなくなった。ドストエフスキーを読んでいると共産党員扱いされるとか、そういう暗黒時代。英国に「亡命」したエリオット、共産党シンパだったヘミングウェイ、ロシアのスパイだったハリー・デクスター・ホワイトらはこの時代の変化についていけなかった少数者である。マッカーシズムでレーガンのような人がのしあがった映画業界では著名監督・俳優のスイスやモナコへの「亡命」が流行した。


この影響は現在まで尾を引いている。

Posted on 2009-07-03 22:27:04, 0 comments. Read this article.
Is The Fiscal Theory of the Price Level Learnable?

Scottish Journal of Political Economy, Vol. 50, No. 5. (2003), pp. 634-649.

FTPL(物価の財政理論)は Learnable でない、という論文。FTPL というのは D.Ricardo、J.Buchanan、R.Barro らの財政学の議論を(Barro の定式化のような世代重複モデルではなく)いわゆる王朝モデル、かつ本質的には「今」と「後」の2期でモデル化したもので、(1)政府が租税の裏づけなしに赤字国債を財源として大盤振る舞いをするとインフレが避けられないから、(2)「今」の大盤振る舞いを見た納税者たちは「後」における増税を予期して節約するので結局デフレが続く(そして金融政策は全く関係ない)、という主張をサポートするもの。 Harrod-Domar constraint と違うのは Fiscal Deficit の GDP の水準に対する比率ではなく、税収に対する比率を問題にしていること。

筆者である McCallum (CMU の金融論の先生)の批判は、(2)におけるデフレ均衡を導くロジックがあまりに「茹で蛙」的であるということに向けられているっぽい。お金の量が一時的に増えれば財布の紐が緩む、ということを全く考慮しない議論は安定的でない、学習理論的に learnable でないということのようです。どうもこの批判は決定的だったようで FTPL の枠組みで論文を書く人が以後いなくなったらしい。


内容については数式を追わずに地の文を拾い読みして憶測を書いているだけなので信じないでください。ただ、学習理論の語彙が経済モデルの妥当性を論じる文脈で用いられているというのが個人的に興味がある。また交易条件の悪化=自国通貨の減価(最近の例だとガソリンやバターの高騰とか)が消費者の行動を変えないというのは(2007-2008年の経験からすると)非常に疑問で、日本はある日突然超円安になって石油も食料も輸入できなくなって破滅するのではなく、労働人口の減少につれてじり貧になってゆく(その過程で生活苦を背景とした粗暴犯が増加したりしつつデフレからは脱出する)のではないか、と思うのですが、ここでいう FTPL と似たような茹で蛙論法が印象論レベルでは横行している気がして、そこらへんに極端な暗黙の仮定が入ってないか?というようなことも感じているので。


この違和感については http://anond.hatelabo.jp/20090628034732 に書きました。ルイ14世のフランスとか、WW1後のアルゼンチンとか、FTPL の枠組みの合理的期待そのものが成立してないように見える歴史上の事例は多いので(後者は普通選挙制度があった事例だし)、池田信夫先生とか古歩道さんとか(ああ名前を出してしまった)の煽りに理がないわけでもないのでしょうが。


追記:それにしても http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E6%B8%88%E6%88%90%E9%95%B7%E7%90%86%E8%AB%96 ひどすぎる。英語の economic growth theory へのリンクもなければ Domar や Harrod へのリンクもない。誰かがわざとやってるようにすら思えるのですが。

Posted on 2009-07-03 15:48:34, 0 comments. Read this article.
社会制度を経済分析の所与とする:アカロフの場合

「多勢に無勢」から「差別が温存される場合とそうでない場合の複数均衡」を導くアカロフの議論では、人数比が明示的にモデルのパラメータとして入ってくる(『理論経済学者のお話の本』)。社会制度の基礎に頭数をおくという発想は別に異様なものではなかったようだ。

失業とか貧困の問題というのは父親が失業した経験がある(アカロフ)とか、聖人のように公平無私な性格(アロー)とか、生まれた国が貧乏(セン)とかじゃないとなかなか視野に入らないものかもしれない。そうでない人が党派的に貧困や失業について言い立ててもあんまり説得力がない(誰のことを意識してるかは自明)。

Posted on 2009-07-01 21:01:03, 0 comments. Read this article.
communicated by の意味がやっとわかった

編集委員に渡して編集委員が査読して掲載された場合

Posted on 2009-06-29 00:08:13, 0 comments. Read this article.
なんでCDSマーケットってまだ機能してんの?

支払い義務が発生した場合につぶれてしまうと判っていても?

それともそういう粗悪な契約は全部一掃されて、今市場に出てるやつはちゃんと爆発時の裏づけがあるものなの?

Posted on 2009-06-28 23:36:57, 0 comments. Read this article.
St. Ignatius of Loyola did not say that whatever the hierachial church would declare white is white despite your personal view

『霊操』におけるロヨラの有名な主張は、会員たる修道士の個人的見解がどうであれ教会の否定的見解を尊重すべきである、という趣旨であり、後世に伝わる、教会が肯定的見解を発したものについては会員たる修道士の否定的見解がどうであれ是認すべきである、というものではない。後者は英国のある歴史家による著作が典拠であり、その由来は疑わしい。

SJの伝統には明らかに啓蒙主義的な部分があり、歴史上しばしば啓蒙主義の謗りを受けてもきた。公教要理に照らして疑わしい人間中心主義的、自由主義的見解を公言する会員の例には今日に至っても事欠かない。そして最初期からそのような逸脱は珍しくなかったものと思われる。ロヨラの主張はこういった逸脱に対する戒め、あるいは処世術のアドバイスであると考えると自然に理解できる。

Posted on 2009-06-28 20:15:04, 0 comments. Read this article.
貨幣をヴェールとする見方にどこまで可能性が残っているか

生鮮食料品とか家電製品のような消費財市場を除けば、生産者=消費者なので、生産サイドの制約条件に原材料価格という形で需要は織り込まれている。消費財市場と密接に結びつくのは労働市場で、だからこの二つの市場を無視すれば RBC (景気循環の技術決定論)は正しいだろうし、貨幣についても考える必要はなくなる。RBC の失業理論というのは「代表的個人は今働くと後で楽ができる」というものだが、仕事をしないことは金持ちにとっては楽でも貧乏人にとっては苦しみである。金持ちが自己実現のために働いた分を後で貧乏人が失業によって贖うことについて RBC はなんら問題としない。


消費財が安くなれば労働コストが安くなる、という命題は正しいが実際にはあまり役に立たない。国家が機能しておらず、棄民が発生するような極端なケースでなければ労働コストは下がりえないように見える。対前年比で消費者物価が下がり続けていてもドルや金に換算すればその消費者物価は比較的高値安定である日本の、労働コストもまた、国際比較では高値安定である。消費財にも労働力にも貿易が絡んでくる。


貨幣価値の変動とはなにか? 日本のような老人国では交易条件の悪化は政治的にまずいことになる。(国内に工場を持つ)輸出産業はロビイングを行って可能な限り貨幣価値を切り下げようとする。貨幣価値の切り下げは老人にとっての課税、輸出産業にとっての補助金になる。だが輸出産業の力も、老人の力も、その銀行預金残高におおむね比例している。輸出産業の力は根源的にはその雇用創出力だから、労働市場の需要サイドの力だ。老人の力は消費財市場の需要サイドの力だ。そして老人は労働市場とは基本的に無縁である。


市場から退出、という表現はよくされているわけだけど、労働市場からの退出は、左前の店舗をたたんだり客層を変えるのとは単純に同一視できない。特に日本では「人間証明書がない」という事態を避けるために労働市場に参加する必要がある。これはもちろん利益があがらなくとも商いのボリュームを維持する商店や証券会社と同じことだといえばそうもいえるけれども。


貨幣価値=対外債務のデフォルトリスクプレミアム=国民の担税能力=-(私有財産権)、だから、税制、政府と国民、政府と企業の力関係が総合的に貨幣価値を左右し、貨幣価値は貿易を通じて消費財市場と労働市場に影響を与える。力というのは需要サイドの市場占有率のことで、結局は頭数だ。


つまり貨幣抜きで労働市場と最終消費財市場を含めた一般均衡理論での分析を行うなら、民主主義/金権政治という政治制度のもとでのこの政治的影響力=頭数をかわりに制約条件に入れないと本当はまずい。パレートや高田保馬、森嶋通夫やフィッシャー・ブラック、ミュルダールやブキャナンにはこの視点があるし、社会保障畑や労働政策畑の人は普通に意識していることだ。ただ誰もこうした理論を学問的に満足のいく水準に仕上げて出してはくれない。あるのかもしれないが、たとえばニューケインジアンの金融論にはどこにもこの項はない。役に立つのは恐慌の際には事実上銀行が借りたいだけの(人によっては更に、国が使いたいだけの、)お金を貸し出すべし、という結論部分だけで、この結論自体はとても重要ではある(私が本日現在職にありついているのはこの結論がコンセンサスになっているおかげだ)が、そこを精緻化してもマクロ経済に興味を持つほとんどの人にとってはあまり興味を引くものではない。内生的成長理論には「人口」の項目があるが、この人口は迂回生産の為の知識の乗り物という資源であって、政治的に対立する複数のグループになるようなものではない。


要するに恐慌の鎮痛法とか銀行規制とか貯蓄や投資のバランスを超えて、より身近な政策論争のレシピを求めると「それはマクロ経済学の仕事ではない」といわれてしまう。だが実のところ硬直化した規範と恣意的な素人社会学によって雑な定性的推定を行い、「老害が日本を滅ぼす」とか「21世紀初頭の日本はルイ14世のフランスやWW1後のアルゼンチンと同じである」といった雑な分析を広めている右派のエコノミストがいて、これに反論したり現実の改善をもくろむ左派のエコノミストがいて、結局は政策論争の道具という印象もまた間違いではない。リバタリアンの反語的政府万能論もケインジアンの反語的政府無能論も、政府と国民の力関係を恣意的に推定している点ではコインの表裏である。

Posted on 2009-06-28 16:19:45, 0 comments. Read this article.
夜勤で寝れなくて家に戻らず宿で寝転び放送大学見てた

量子物理の講義をやっていた。古典力学の角運動量の定義から説き起こし、電子軌道を記述する量子力学的角運動量の表式を導出していた。

http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa4683123.html に書いてあるような話。

驚いたことに20%くらい話が理解できた(最後の導出は数学的詳細をばっさり抜きにしていたので)。

Posted on 2009-06-28 14:35:02, 0 comments. Read this article.
Wikipedia 久々にいじってみたら楽しかった

http://en.wikipedia.org/wiki/Special:Contributions/Hubris.jp?namespace=0

Hilbert の影響の下、様々なクラスの Entscheidungsproblem に取り組んだ人は多かったが、Ramsey もそのひとりだった。現代的にいえば自動証明のアルゴリズムを考えていたことになる(当該テーマについての CADE や IJCAR の論文や Microsoft Research の 2008 年の technical report は Ramsey の原論文の直接の延長上にある)。Ramsey が考えていたのは一般の場合には相当に手に負えない(Primitive Recursive ではあるが)代物だった。

PH (Paris-Harrington's Principle、Pigeonhole Principle ではない。Paris-Harrington の定理はこの原理が PA で証明できないことを言うメタ数学の定理なので、混同してはならない)は ZFC の(到達不能基数などの)巨大基数公理のいわば PA 版である。なんとなくわかっていたことを裏書されると気が楽になるが、サーベイを続けていると何か空しさを感じる。結局英語の地の文だけしか読んでいないのだ。

しばらく IΔ_0 と IΣ_1 で遊んでみる必要がありそうだ。

Posted on 2009-06-27 00:03:22, 0 comments. Read this article.
Erdos-Rado と Erdos-Ko-Rado は別の定理

ER は partitioning、EKR は intersection の定理。もちろん Rado は同一人物。

$_nC_r$ = $n \choose r$ と $\binom n r$ は同じものだが定義が違う。前者は combination、後者は binomial coefficient のこと。

E 氏が多産だったのは構成的な数学の具体的な対象が持つ情報量の多さ(ある意味での不毛さ)が原因なのだと思う。組み合わせ的問題とそれを解くアルゴリズムを次々と案出してそれを論文に落としていったのが彼の人生。アルゴリズムに汎用性があるかどうかを考えるのは数学の仕事ではないから。

Posted on 2009-06-26 14:10:35, 0 comments. Read this article.
ω_1 ってのは discrete なのに uncountable という代物なんですね。

offensive に感じられたらすみません、ほんとうにごめんなさい、とここで謝っても意味ないのですが。基本的に自分のことを客観視できず、他人と礼節を保って接する能力が無いんだろうな。毎回あんな感じの書き方をしては後悔するのです。どうして中途半端な理解でひとんちに長々書く自分を止められないのか、というのはいつもいつも悩みの種です。

twitter 楽しそうなんだよなぁ。自分がやらない理由はいろいろあるのですが一番大きいのは自分が勉強もしておらず学問に貢献もせずに印象論を垂れ流す最悪の存在だと思うからで(ある人にストーカー的に批判されるまでそれに気づかなかった)。若い人の注意を自分が奪うのはよくないと思うのです。はてなの id:hubris の日記を潰した最大の理由もそれ。(2番目は web 2.0 的な話題の共有構造を支えているアフィリエイトの仕組みと無縁になった、つまりほぼ一生分の本を買ってしまい amazon でどうしても買いたいと思う本がなくなったこと、3番目は理解が深まるにつれて過去に書いたことがおろかに思えたこと)

自意識から解放され、人に惜しみなく与える人生というのを生きたいのですが現実は家内と二人して世間から遠ざかっているのです。

Posted on 2009-06-22 07:49:44, 0 comments. Read this article.
Kojman and Shelah (1999)にはモデル理論も証明論も出てこない。

Kojman and Shelah (1999)は references 込みで 5ページ足らず、モデル理論も証明論も出てこない。全く初等的に書かれており、原理的には Ackermann 関数の定義とその性質、Ramsey 型の定理について知っていれば高校生でも読める。はずなのだが。圏論の教科書さながら、何が書いてあるのかさっぱりわからない。よくある話だ。もし 17 歳のときに背景知識込みでこの論文を与えられていたら、猛烈に戦意をかきたてられた気がする。いまや信じられない話なのだが、旧課程の『確率・統計』は得意科目だったのだ。しかも論文冒頭にはアンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』の引用(フランス語だからプチラルースもって来ないと解読できない)。ひょっとしてこれは若者向けの教材かなにかではないのか。

まあいいや、風邪であたまのぼやけた35歳(まもなく36歳)のおじさんなりに努力してみよう。ああ、老いるってやだな、とはじめて思ったよ‥

回帰的 Ramsey 数とふつうの Ramsey 数の違い(本質的には PH とふつうの有限 Ramsey 定理の違い)は、前者を求める過程で「(原始)再帰的関数f(x)を最小とする自然数xを求める」計算が出てくること。これが前者を Primitive Recursive でなくしている。ふつうの Ramsey 数でも計算は困難だが、これが回帰的-となるとどうしようもない。Open Problem に「具体的な値を計算する」が挙がっていることがまた若者向けの釣り糸じみている。とりあえず一個具体的な値を計算してそれにまつわるいくつかの性質を証明すればそれだけで論文になるのだ(それで数学の修士号を取るのは難しいだろうけど、高校の数学の先生あたりをめざすのなら悪くない課題だし、数学の才能のある中学生を拾い上げるのにもよい課題だろう)。

Posted on 2009-06-22 06:10:23, 0 comments. Read this article.
それにしても

電車の中で Ramsey Theory of the Integers という本をよんでいて、最初の 10 ぺーじくらいの「6人のうち3人がお互いに知り合いであるかお互いに全く知らないかのどちらか」とかいうあたりで頭がウニ化して、かーっついてけねーっと思ってから 3 時間後には Google scholar でネットサーフィンしてるっていう、まあなんとなくわかったような気になったけど、

こんなことやってても全然頭はよくならない。

とりあえず風邪を治したい。つうかいいかげん寝ないと明日死ねる。

Posted on 2009-06-21 19:43:24, 0 comments. Read this article.
On Gödel incompleteness and finite combinatorics

Annals of Pure and Applied Logic, Vol. 33 (1987), pp. 23-41.

しかるべき界隈では Kanamori and McAloon で通るらしい基本文献ぽい(さっきの Kojman and Shelah 論文でも cite されてた)

Kanamori 先生自身のサイトで pdf が手に入る。まだ見てない

要するに無限組合せ論からの基本的な帰結として、有限 Ramsey 型の定理 → 急増加関数 → 算術の独立命題、という考えはこの論文以降自明なものになっているということらしい(Paris-Harrington の 10年後)。F.P. Ramsey 自身が考えていたのも証明論とかそういう方面の応用だったはずで、その見通しを具体的に裏付けただけ、ということかもしれないけど。

Posted on 2009-06-21 19:00:54, 0 comments. Read this article.
Regressive Ramsey Numbers Are Ackermannian,

Journal of Combinatorial Theory, Series A, Vol. 86, No. 1. (April 1999), pp. 177-181.

Saharon Shelah が 2nd author になっている論文。

任意の自然数についての鳩の巣原理は IΣ_0 では証明できないし、Paris-Harrington の定理は PA では証明できない。また、Ramsey 数の定義はパラメータを二つ持っているから、初等的関数や原始再帰的関数では抑えられないんじゃないか? と思って調べてみるとこんなのがひっかかった。arxiv にあったが中身はまだ見てない。

Ramsey 数の上限自体は組合せの数で評価できる(下限の評価は難しいらしい)。組合せの数はたぶん階乗で評価できるからスターリングの公式、要するに指数関数で評価できる。だからパラメータの間の関係にある制約を設ければ初等的関数で評価できるし、その制約を緩めるとか、なんかの方法でブーストしてやるとかすればそれこそ Ackermann 的に大爆発するようなものも作れることになる。それが回帰的 Ramsey 数という代物なのだろう。

追記:またしても盛大に間違えていた。IΣ_0 って何。鳩の巣原理も証明できないほど弱い体系って何(限定算術だとそういうのがあるらしい、どうも PHP と PH を頭の中で混同したっぽい)

Posted on 2009-06-21 18:34:20, 0 comments. Read this article.
Daron Vroon 氏の現状

http://www.ccs.neu.edu/home/pete/students.html

神学校に通っている、そうな

下の修士課程学生で graduated with thesis とわざわざあるのが一人だけ。だから candidate のまま PhD はとらなかったんだろう

再帰的アルゴリズムを極めたあげく神を崇めることを仕事にするってのはなんとなくわかる気がする

Posted on 2009-06-21 13:39:47, 0 comments. Read this article.
Linear Logic and Naive Set Theory

(9 June 2003)

線形論理は現実的に計算可能な証明木を与える(カット除去によって発生する証明木の書き換え箇所が高々カット除去の多項式オーダで抑えられる)。線形論理で解釈された素朴集合論(包括原理)はラッセルの逆理を帰結しなくなるいっぽう、いくつかのZFCの公理(無限公理、整礎公理等)はもともとの意味とは異なる意味を持つか、成り立たなくなる

Posted on 2009-06-16 20:44:37, 0 comments. Read this article.
Cantor(1895), Cantor(1897), Levy(1979), 志賀(1988), 竹内(2001)

昨日、Aczel の反整礎公理がらみで書いた話は set theory の歴史を全く理解してなかったことがわかった。アチャー


追記:ぼろぼろ間違いがあったので後で書き直す


以下はほとんど目次だけを見て書いている。私が内容を少しでも理解しているといえるのは Cantor(1897) だけである(もちろん英訳版)。また竹内(2001)は今すぐには参照できないので記憶に頼って書いている。


志賀(1988) みたいな素朴集合論の教科書における、cardinal -> ordinal という話のすすめかたは、Cantor(1895) では終わり近くで ordinal が導入されるが CNF が出てきておらず、それを含めた ordinal arithmetic は Cantor(1897) で展開されていることに基づいている。啓蒙書なら ordinal の前で話が終わってしまう。いっぽう、Levy(1979) みたいな公理的集合論の教科書だと、[逆の順番になっている。]訂正:ordinal の説明はこれでも cardinal の直後だった。要するに Cantor は ordinal を、(AC、ひょっとすると V=L に相当していたかもしれない暗黙の前提の上で) GCH に挑むための道具として整備したから、後世において cardinal が ordinal を基礎として定義されることになったということらしい。[要検証]


竹内(2001)も啓蒙書なので ordinal についての説明をすっとばして、incompleteness を前提に高度な話題の説明をしていたと記憶するが、結局最後の scale が nodal である、という話をするところで実質的に ordinal の話を前提にしていて、私はそこだけは少し理解できた。


なるほど‥


一番問題なのは AFA に妙な期待を抱いている人というのはおおむね ordinal の重要性をそもそも理解していない(=公理的集合論そのものに無知な)場合が多いだろうということ。公理系として circular reference の定式化が必要なのはそもそも finitary な場合だけであって、ZF みたいな超越的な体系をいじって作るのは筋が悪い。Russell の逆理と AFA は別のものである。(N)GB で 外延的に定義される set と内包的に定義される class を峻別して議論すれば Russell の逆理は回避できる(定式化すると型エラーになる)。ZF だとそもそも累積的階層しか作れない。累積的階層の外にある存在も許容するのが AFA だが、内包公理が ZF と同じだから、やっぱりプロパークラスは作れない。


知識社会学的な観点からすると、「自己目的的に反主流」な人が、自分の夢想を AFA 等に投影していることにいささか激した反応をする set theorist がいるのは、全体のパイが縮むなかで、現実的な応用の見当たらない分野においてそういう「反主流」が政治的に迎合的、大政翼賛会的、疑似実利的な主張をして予算とポストを得てなにも内実のある研究をしない、という恐れが少なからずあるからだと思う。彼らが説得の対象とする公衆は、上述の理由により、啓蒙書を通して、Cantor 以前の段階のものを set theory であると誤認している人が多いだろう。


なぜ塩谷某があの本を翻訳したのか(個人的見解としては林晋先生が訳すべきだった)、しかも思想的に浮薄な新曜社から(A K Peters が版元ならせめて筑摩とか森北とか)、とかいろいろそういう問題があるわけだけど、数学史研究の紹介、という業績になりにくい仕事がスター性に着目したプロパガンダの対象になった、という見方はできる。煎じ詰めれば学問の衰退である。半可通が集まって情報操作をすることは必ずしも不可能ではない。


なんというか例のモラヴィア人がスター視されるのは仕方ないけれど、その前にあった「可述性」「定義可能性」「直観」をめぐる古い、だけど高水準の議論が閑却されるのはどうにもまずい兆候だと思う。要するに岩波文庫のポアンカレの本を読まない人が数学の文脈における 1931 年の金字塔の解説を読んで大感激する図式はまずい。今算術/解析的階層でデルタだのパイだのシグマだのと言っているのはその時代の議論の形式化なのだから。

Posted on 2009-06-14 06:15:10, 0 comments. Read this article.
AFA

Barwise / Etchemendy / (Perry) / (Aczel) のあれがさくっと邦訳されそれなりに売れたのは日本の数理論理学の非専門家つうか私のようなワナビーにとってあんまり好ましくない長期的影響を及ぼした気がする。Barwise 先生は若死にしてしまったし日本でのこんな帰結は想像もしていなかったと思う。 CSLI という場所は、言語の理解にちょっと使えるかも? という道具を探すというミッションを持っている組織なので、結果的に不毛なプロジェクトというのも多数あって、AFA はたぶんそういうもののひとつだと判断している。

要するに論文を書くために新奇なネタが欲しいという玄人筋の需要があるとしても、それに素人がまどわされて Cantor の最も fundamental な contribution である、「無限ツリー構造の大小比較の方法」を無視するのはどうかという話である。digonal argument は本質的ではないのか、という意見はあるだろうけど、cardinal の定義は ordinal の定義に依存していて、つまり ordinal のほうがより本質的なのである。しかも cardinal について実のある議論をしようと思ったら現在の標準的な定式化では AC が要るわけで、そうなるともう CS とかの人には縁のない世界になってしまう。昔 new math がらみで書かれたような set theory の啓蒙書が cardinal と digonal argument の話ばかりするのも良くないのだと思うが、その原因はよくわからない。たぶん専門家ゆえの盲点というのがあって、素人にとってぜんぜん自明でない土俵の話が専門家には自明すぎるのでそこを省略してしまうのだろう。だから(昔の)専門家が結果的に誤解を広めてしまった面もある。ちなみに最近はそういう「啓蒙書」はあまり見ない。問題意識が変化して、infinite = set theoric というふうな捉え方に意味がなくなった(ある意味では Cantor 以前に戻った)ことが原因だろう。

計算機における circular reference の通常の正しい扱いは、それを実体として扱うのではなく、検出して除去するとか処理を(適当なところで)打ち切るというものであって、それは人間が計算する場合でも同じだろうと思う。逆に、禅の公案のように判断停止(止観)が目的なら、「父母未生以前本来の面目」というような appearent ill-foundedness を持ち出すのは理にかなっている。ただこの公案に限っていえばそれをも well-founded とするような強い形而上学(存在論)を自力で発見・理解させるのが最終目的だと思う。

いずれにせよそこに明確に存在論があればそれを超越的・ナンセンスだから受け入れない、とか、超越的だからこそ意味がある、というような立場の違いはあっても、なんかもやもやとわからない感じは消える。ただ、素人を騙すにはもやもやとわからない感じを振りまくほうがいいのだろう。それも個性ではあるのだが。

Posted on 2009-06-13 00:23:55, 0 comments. Read this article.
Jacobs by Marc Jacobs with Marc by Marc Jacobs in collaboration with Marc Jacobs for Marc by Marc Jacobs
Posted on 2009-06-08 03:02:26, 0 comments. Read this article.
.xla とか .xll

構想としては 2001 年ごろからある。アタックの調査とかする人のために、whois や nslookup で AS 番号とかアドレス範囲とかドメイン名とかを解決してワークシートに貼りつけるようなもの。winsock のヘッダを VBA で書いて、一応原理的に実装可能であることは確認した(そして JIS → cp932 のまともな変換関数を作る手間を省いたので結局モノにならなかった)。


あと Apache のアクセスログを読み込むような ODBC 準拠のデータソースというのもあれば便利だろうと思う。ただ、Excel のワークシートは生ログを読み込むには row 数がぜんぜんたりない。


とりあえず外部とのやりとりが発生するような代物をアドインにするなら .xll 作るべきだと思ったが


http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1732143.html

http://msdn.microsoft.com/ja-jp/library/aa730920.aspx


Excel 2000 あたりを対象にしておけば良いだろうか? 一番問題なのはどうやって再計算を抑制するかという事。単純に裏でクエリが走るような関数として実装すると、使い方を知らない人が使った場合、すげー迷惑な事態になりかねない。


結局適宜クエリ結果を cache するような SaaS proxy みたいのを用意してやらないといけないし、要するにアドインとインフラをセットで配布しないと意味がない。


もちろん、whois や nslookup であることに本質的な意味はない。Excel ワークシートに RSS を貼りつけるようなものでも上述の議論は全く同じように成立する。そういえば RSS の活用という話も最近全く聞かない。

Posted on 2009-06-04 12:48:45, 0 comments. Read this article.
会社を職安にする政策

http://www.mhlw.go.jp/general/seido/josei/kyufukin/a01-1.html


まあ、休業補償の会社負担分が10%ってことなら名目上雇い続けても大して痛くはなさそうだ。要するに「会社」の枠に入れておけば加藤くん化しないだろうということで、いつのまにかずいぶん手厚くなっている。


しかしこうしている間自分たちはどこへ向かえばいいのだろう。一番確実なのはひたすら死んだふりして眠り続けることだが。

Posted on 2009-06-03 22:22:58, 0 comments. Read this article.
TAPLもParsing Techniquesも高い、というかそもそも読めるレベルにない

http://www.amazon.co.jp/gp/reader/038720248X/ref=sib_dp_bod_toc?ie=UTF8&p=S00D#reader-link

目次だけ見てると Parsing Techniques は文法から生成できる文の実例とか、副題通り Practical な書き方になっているみたいで正直やっぱり欲しくはあるのですが(有限オートマトンだけで100ページも費やすような本につきあってられるほどの能力も時間もないので)単なるスキルへの投資と考えるとすでに本棚の肥やしと化した Cisco IOS Cookbook よりも役に立ちそうにない

TAPL はまあわかんなくてもいいやというか、最低限 ISer の人々だけが理解してれば日本では充分だよな、みたいな老いぼれた考えになっています

とりあえずこれ読む(de bruijn index の説明がすげーわかりやすかったので)

http://logic.cs.tsukuba.ac.jp/~kam/lecture/complogic2008/

あー、筑波の授業もぐりたい、沿線だし(←不景気で季節が良くなってくると back to school syndrome になる人が増えます)まあ図書館使うだけなら別に科目登録とかしないで使えるっぽいですね

Posted on 2009-06-02 19:32:25, 0 comments. Read this article.
またクビ?

もろもろの情報から判断すると、6月末で私をクビにするかどうするか決断を迷っている人々がいるらしい。遺産がちょっとだけ入ってくるのと同じタイミングってのが実に微妙。で、その人々の中の一人が今夜出社したときに挨拶を返してくれなかった。うーむ。嫌われた理由のひとつが決済の根回しが足りなかったことだとするとあの反応も納得なのだが。そういえば干されてる気もする。


今度失業したら失業期間は長くなりそうだし、夫婦仲も荒れそうだ。父親に頭下げるしかないのか?


派遣元の試用期間はぎりぎりクリアしている。だからすぐ完全な無職にはならない公算が高い。休業扱いで月収15万円てとこか。これで7月と8月を生き延びれば(そこで自己都合退職になるだろうけど)、雇用保険の受給資格もこれまたぎりぎりクリア。受給期間は3ヶ月。月収は12万円。ここまではまあいい。少なくとも家賃・駐車場代は払えるし、東京に通って仕事をするためのコストというのは食費の上積み分とかが意外に高いから、引きこもるとそれなりに安く済む(ちなみに家内はいろいろあって働けない)。最悪に近い想定だが、これで11月いっぱいまでは借家をたたき出されずに済む。


その先に白紙の未来が広がっている。


住む場所がないというわけではない。東京に二駅近づいたところに、自己所有50%のかつての実家がある。しかし、ここに住んだ人は私自身を含め全員、自殺するか、早死にするか、さもなければ出て行ってしまった。家事負担が重く、家の中が暗い。


これでまた国立国会図書館(電子資料室は、JSTORにアクセスできる私にとっては唯一の場所)が遠くなる。まあ、もともと行く時間なんてなかったんだけど(それに手元にあるものをちゃんと読むとか、Dover の薄い教科書を演習するのが先だよなぁ)。


何かのビジネスを始めるとか、IT以外の手に職を考えないといけないか。


あとはこのへん

http://www.city.chiba.jp/boshu/kakushiken5.html

http://www.tokyo-ac.jp/bl/koza/k2_shikenlist3.html

http://skillsurfing.jp/

最後のを見る限り、手取り額とジョブセキュリティのトレードオフは成り立っているような気がする。不況下で高収入ってありえない、と決め付けるのは早計かもしらん。

Posted on 2009-06-02 17:37:27, 0 comments. Read this article.
雑感

現実というのがひどく非現実的に見える。自分も含めて延々と(電脳空間では)おしゃべりをしていてそれでも仕事になっているらしい。仕事場では顔色ひとつ変えず、あくまで目の前の課題とか注意事項が全てであるかのように行動している。

淡々と黙々と、というのは売れない、不人気だからその路線はやめろ、と女衒(比喩として)がいう。実際客(というけど、自分にとっては同僚)の中にいれば自分なりの愛嬌というのはあると思う、自分なりのサービスぶりを買ってくれる人もいるのだが、女衒にそのことを伝えるうまい言葉が思い当たらない。実際はそこそこ破綻なくやっているだろうことは向こうもわかっていて、それでも先月クレームがついた、ということをあくまでも引っ張って、不景気だからいつ切られるともわからないよ、と言わないと仕事してる気にならないのだろう。単に彼の仕事がそれで私の仕事がこれで、立場が逆なら私もきっと同じことをする、それだけのことだ。一夜限りの恋、と違うのは、毎日違う所へ出張するわけでもなく、タクシーで部屋やホテルへ送り迎えするほどの頻度で顔を合わせてるわけでもなく、指名何件、というわかりやすい指標もないことだ。などとこの職場初の夜シフトをしながら思っていると家内からおやすみメールが来るので電話で返事をする。

これらすべてのことを20台でわかっていたら、人生は違っただろうか。

Posted on 2009-05-28 15:36:08, 0 comments. Read this article.
駅探とナビタイム

組み合わせ最適化で思い出した


東京のJR・私鉄・地下鉄に関する限りどうも駅前探検倶楽部のほうが自然な経路を出す気がする


ナビタイムのほうが理論上の最短解に近いんだろうけど、むやみに乗り換え回数の多い経路は実際には最適とはいいがたくて手動で経由駅をぶちこんで訂正するようなことが多い


ナビタイムは高速道路とかが売りで、地下鉄はおまけなんだろうな(無料版のほうだけ制約条件がゆるくて有料版だともうちょっとましな結果を出すって可能性もあるけど)


視野が広すぎるのも考え物だと思う

Posted on 2009-05-12 01:58:00, 0 comments. Read this article.
塩沢由典先生、柏野ブログにて

社会主義計算論争の前提である組み合わせ最適化の計算量理論的な問題を指摘した塩沢先生の『市場の秩序学』は高三の頃の愛読書だった。まあ単体法とかそういうセカンドベストな手法があってそこらへんは RAND 社の 1950 年代のフォンノイマンの弟子たちの仕事なわけだけど

当然といえば当然ながら統計学の基礎がきちんとできてないと(一度はきちんと勉強した人でも慢心すると)冪分布については定性的にも何も言えない、間違うってのはわかった。問題は測度論なんて私の理解を超えてることで(SDE って何か気になって最初に伊藤清先生の本を買ったら睡眠薬にしかならなかった、そもそもルベーグ積分とか超えるべきハードルが多すぎる)とりあえず最小限何を勉強したらいいかだけど、やっぱり英語版 Wikipedia から gaussian distribution の説明を熟読するとこからはじめるのがいいのかな

http://kashino.exblog.jp/5855312/

Commented by 塩沢由典 at 2008-06-17 20:29 x 柏野さんは「昔の専門が宇宙物理学であったからか、趣味は数理科学、特に統計学、確率論。」とプロフィールにありますように、この方面の専門家といってよい方とおもいます。そういう方の書評ですから、影響力が大きいとおもい、一言。

わたし自身もよんでみて「著者はやたらにベルカーブ(正規分布)を非難する。」という印象を持たないわけではありません。しかし、正規分布で世界を理解しようという癖・習慣があまりにも蔓延している現状では、これもやむをえぬレトリックといえませんか。 Commented by 塩沢由典(2) at 2008-06-17 20:30 x 柏野さんの反論 ********************************** でもさ、統計学の中心極限定理の本質は、個々の分布がどうであれ、標本数を十分に集めれば、その確率変数の和または平均が正規分布近似する、というものであって、だからこそ正規分布が正当な確率・統計学では大切なのだ。もっと言うと、個々の分布が正規分布に従うかどうかなんて関係ない。それこそ著者の大好きなスケールフリーなフラクタル分布を採用すればいいじゃないか。採用したとしても、中心極限定理で著者の嫌いな正規分布に近似されちゃうけれど。 *********************************** という部分は問題ですね。

中心極限定理は無条件に成り立つものではなく、分散が有限にとどまる場合の話ですよね。

分散が無限大の確率分布を考えると、Levi分布のようなものがあって、「標本数を十分に集めれば、その確率変数の和」をとって(基準化して)も、正規分布にはなりません。正規分布は、こういう操作で不変な「安定分布」の中で唯一「分散が有限」という特徴をもっています。 Commented by 塩沢由典(3) at 2008-06-17 20:31 x なぜ、このような話をするかというと、フラクタルとか、パワー・ロー(冪分布)が数学で考えるように無制限に成立すると考えると、ほとんどのものは分散が無限大になってしまうものだからです。ただ、現実に観察されるデータは、すべて有限個ですから、分散はつねに有限です。フラクタルとか、冪分布と呼ばれるものも、一般には成立範囲があります。金融データも、(数学的な意味では)完全ではありませんが、かなりの範囲においてパワー・ローに従うと見ることもできます。そういう見方からすれば、上のように中心極限定理で、冪分布を排除してしまう思考習慣こそが問題だと思われます。

柏野さんのような専門家に「とんでも」と解釈されてしまったことはTalebの失敗ですが、もっと高度な視点から、「われわれの統計的世界観」をもう一度捕らえなおすことを迫った本として、わたしは重要なものだと考えます。このような本が、アメリカで(あるいはAmazonで)2007年のトップセラーとなったこと自体が驚きです。

日本でも来年ぐらいには翻訳が出るそうですが、この本の意義が正しく理解されることを望んでいます。

Posted on 2009-05-12 01:46:42, 0 comments. Read this article.
ぽまの人の昔の書き込み保存


kimura 2008/05/25 20:51  kanoseさん、はじめまして。以前「無知社会へようこそ!」という変な記事をトラックバックさせて頂いた、kimuraと申します。このテーマには以前から私も興味を持っておりましたので、コメントさせて頂きます。

 私見によりますと、mujinさんとkanoseさんが問題視する「逆ギレ」というのは、宗教的な現象だと思います。このトンデモに聞こえる見解は、社会学者マックス・ウェーバーまで遡るとクリアーになります。ウェーバーによると、我々が暮らしている近現代社会は、脱魔術化したとされています。社会の世俗化や機能分化が進むことで、宗教的なものが相対化されたということです。

 一方で、近代化以降の専門家や知識人は、合理性を追求してきました。聖なる魔術が相対化される一方で、学術は俗的な合理性にスポットライトを当てて来たのです。

 ところが最近では、学術的なものが、実は再魔術化しているのではないのかと言われるようになっています。と言うのも、「頭のヨロシイ専門家や知識人たちが合理性や複雑高度な知識を追及し続ける」という振る舞い自体が、逆に儀式めいた信仰のように考えられるようになったからです。脱魔術化の追及が、逆説的にも、「合理性信者」や「知識信者」を生み出してしまったという訳ですね。

 学会が宗教団体になっただけではなく、専門家や知識人の話を聴いた我々一般人もまた、再魔術化してしまいます。皮肉なことに、専門家や知識人が成果を上げることが、逆に非科学的な者たちや宗教的な者たちを生み出してしまう訳なんですよ。「宗教的なもの」・「非科学的なもの」・「知的ではないもの」・「効率の悪いもの」に対して、「フェイクだ」・「馬鹿馬鹿しい」といった態度を採り続けたことで、逆に魔術や超越的なフィクションに惹きつけられていく者たちを生み出してしまったということです。アブルアム・モールという哲学者が「合理性がうまく侵入しないところに(中略)「神」は存在する」(アブラアム・モール(著)、古田幸男(訳)『生きものの迷路』法政大学出版局(1992)、p35)と言ってましたが、まさにピンポイントですね。

 だから、専門家が素人に対して「黙ってろ」と言うのも、「調べてからモノを言え」と言うのも、実は時代錯誤だったりするのです。もし「科学のルールに従え」と仰る専門家がいらっしゃるなら、「お前こそが非科学的だ」と返すこともできる(笑)その専門家本人は合理化や脱魔術化を追及しているつもりであっても、実際は逆に非科学的で魔術的な帰結を生んでいるのです。

 今必要なのは、ドイツのメディア論者ボルツも述べているように、むしろ「宗教的なもの」・「非科学的なもの」・「知的ではないもの」・「効率の悪いもの」に伴う抵抗感や有害性をどうフィルタリングしていくか、ではないでしょうか?「魔術的で何が悪い」、「無知で何が悪い」と開き直ることが許されるようにしないと、無知を指摘されて「逆ギレ」する方々は後を絶たないと思うのですよ。

Posted on 2009-04-23 11:07:00, 0 comments. Read this article.
夢見るIT労務者

休日シフトとか夜勤とか増えるらしいんで翻訳をじわっと進めるチャンスはあるかもしんない。

わかってないのに翻訳するより手元の Henle, Outline of set theory (あと Levy の basic set theory)と Prawitz, Natural Deduction をちゃんと読まなければならないのは明らかなんだけど。問題解いてるときにアラート鳴って気づかなかったりすると最悪だね。

Posted on 2009-04-22 06:43:08, 0 comments. Read this article.
手持ちの訳稿とか

とりあえずまとまった訳

-Ping プログラムの由来記(Mike Muuse 著) - 原著者死亡、BRL に仁義切る?

-地球温暖化と排出量取引についての米上院証言(誰だったか Morgan Stanley で CDS を開発した人) - 公文書なので許諾は要らないはず

-Interpress と Postscript の比較(Brian Reid著) - 前半の歴史の部分だけしか訳せてない、具体的な詳細比較の部分は正直手にあまる

-Panini (紀元前の印度人)が CFG の BNF の priority を有すると主張する ACM の投書 - たぶん原著者死亡



訳しかけ

-Knuth の漸近記法のやつ

-Kripke-Pour-El の e.i. な理論は全部同型っていう衝撃のやつ

-日亜化学の青色 GaN ダイオードの米国特許の請求項(冗長でうざい、図が多すぎ)


手がついてないもの

-Zermelo はチェス定理の証明にバックワードインダクションとか使ってねぇよ、ドイツ語の元論文読まないで適当なこと言ってんじゃねぇ、ついでに英語に訳してやるから嫁という代物

-Knuth の BNF について Naur の貢献を主張するやつ

-Avigad and Donnely だっけ、漸近記法の数式処理系での扱い

-? and Vroon、順序数の数式処理系での扱い

-Latency が問題で、Bandwidth じゃないよ、という記事

-Fischer Black の各種論文、書籍

-A. Sokal の複素解析というか Abelian Summable な級数の収束範囲の改善とか(場の理論で使うのでどうたら)

-Cliff Stoll が名を連ねている、どっかの望遠鏡の Th の同位体の分光分析(ほとんどが表)


ほしいもの

-黒烏龍茶を飲むと糞便中への脂質の排泄が増えました論文

-Paleto 分布と、各生産単位がレオンチェフ生産関数に従うと仮定すると産業全体の生産関数が Cobb-Douglas になるという論文

Posted on 2009-04-22 05:48:57, 0 comments. Read this article.
Rathjen(2006)

一応最後まで目は通した。Hauptsatz がらみが例によって全くわからないのだがとりあえず Veblen が ordinal の上の関数とその連続性とか微分を定義したところは微かに分かった気がした(そしてそれは Scott の領域理論というものと関係があるんだろうなとは思った)

後の方で出てくる逆数学とか \Omega (\Aleph_1) とか Schutte とか 竹内外史とか新井敏康とかの業績はもちろんわかるはずもないので完全スルー(ただ気になったのは内包公理(CA)と選択公理(AC)の関係で、\pi_なんたら CAをちょっと強めると \pi_なんたら AC になるように読めた、なんとなくそういうもんなんだろうなとは思った)

つまり(\epsilon_0 は理解してるんで)多項式環をちゃんと理解すればとりあえず \Gamma_0 までは辿り着けそうだという見通しは立った

実際問題として計算機上の静的なデータ構造の一般論を展開するには \omega (レジスタ幅の制約を忘れた場合の自然数) \omega^2 (長さ制限のない任意の文字列) \omega^\omega (無限のネストを許すXML) では不足だけど \epsilon_0 (XML を要素に持つ meta-XML を要素に持つ meta^2-XML を‥) 以上は要らなそうだけど関数まで考えると(つまり OO するとか表示的意味論を理解するには) \Gamma_0 相当までの視野が要りそう

reference をもつデータ構造を許さない整数型 BASIC とかの「強さ」というのは、\omega^3 * n (文字列を要素に持つ n 次元配列)とかになると思う(けど、変数名が 26 個の場合と \omega^2 個の場合で違うか)。あとは m4 とか tcl とか sed みたいなものの「強さ」も定義できる気がする。で、HoH どまりの perl4 は定義にも依るけど \omega^\omega が限界かな。function reference をあんまりちゃんと直接扱えなかったし method call もないし。

Posted on 2009-04-16 03:44:45, 0 comments. Read this article.
xxx.yukawa 対応

http://svn.citeulike.org/svn/plugins/descr/arxiv.cul の 78 行目に xxx.yukawa.kyoto-u.ac.jp と付け加えるだけの簡単なお仕事なんだけど誰かやりませんか?

誰もやらなければ今週末私がやってみるつもりです

追記:時間がとれなかった‥

Posted on 2009-04-10 07:49:25, 0 comments. Read this article.
ところで新宿中央公園裏の十二社天然温泉が3/末で営業停止したそうで

かなしい


東京に黒湯はまだ(六本木のとか)あるけど、寂れた温泉宿の風情を都心で味わえる貴重な場所だったのに‥飯も旨かったのに‥


不況で営業マンのさぼりニーズが消滅したのが直接の原因だろうけど、もし地権者の運営ならどうか施設は壊さないで冬眠させといてほしいなぁと


追記:どうも渋谷の事故が原因でメタン濃度の定期的測定報告とかいろいろなコンプライアンスを求められるようになったのが直接の原因らしいorz

Posted on 2009-04-10 06:37:58, 0 comments. Read this article.
ミュルダールってスウェーデン人だっけ

大体北欧三国ってロシアの軍事的脅威に対する国家防衛の意識が昔から強烈で、人は宝というけど優生学とかがちがちの国境警備とかいろいろ対外的な事情が違う。

Posted on 2009-04-08 10:56:20, 0 comments. Read this article.
ルイス・キャロルと投票の理論

Dunkan Black の The Theory of Committees and Elections に載っている、C. L. Dodgeson の投票理論についての業績の紹介が面白い。この本は 1998 に K. Arrow 以降の展開について増補した新版が出ているが、私が持ってるのは 1966 年あたりのもので、序文に Arrow の業績には触れないと書いてある。


おぼつかない英語力で読んだ限りでは、どうも学部入学以来クライストチャーチ学寮の終生の住人であった Dodgeson は学内での決め事の改善を目的として独自に投票の理論を発達させたらしく、Condorcet らの先行研究はおろか、(統計の父といわれる) Galton らの同時代の研究も参照していなかった。Black が主張するその論拠というのがひどくて、ともかく彼は文学は読んでも同業者の業績を読まなかったし(とは E.T.Bell の主張)、Condorcet らの業績の含まれているクライストチャーチ唯一の(当然フランス語の)蔵書の封は(WW2後と思われる調査当時に至ってなお)切られていなかったとか、もういったいどんだけ引きこもりなんだよと。本当に絶対に見てねーんだろーなー?


それでも彼の(現存する唯一の、彼自身の所有していた)パンフレットには Condorcet の条件が現れていたりする。


なお Dodgeson は行列式の著書をものしたのち(これは『アリス』の次の本も、と所望した女王に献呈されたという真偽不明の笑い話があるくらいでよく知られている)、数理論理学の初期の研究にのめりこむ一方で初等課程向けの教科書ばっかり書いていて、要するに数学の研究者としては時代に先駆けすぎている上に怠け者であったようだ。


ちなみに Liddell 家(Alice の家族)の話も書いてあって家族ぐるみのつきあいだったとか、投票の理論の動機に連なる経緯も書いてあったのだが理解できなかった。


もちろんこんな面白い話は『きめ方の論理』には載ってなかった。なぜかというと、Dodgeson の研究は後世に引き継がれることがなかったからだ。論理学の研究にしても、Dodgeson を Frege あたりが参照するようなことはたぶんなかったのだろう。


面白さの質は Wittgenstein の火かき棒事件の顛末とか、そういうものに似ている。正直読んでいてアニメ「R.O.D.」の登場人物、読子さんの気分がちょっとわかった気がする。社会的選択理論はこの際どうでもよい。書痴に対する最悪の部類の釣り針であると思った。おそらく英国のカレッジ文化そのものがそうなのだろう。


追記:この面白さを誰かと共有したかったので(妻はぜんぜん面白がってくれなかった)増田にポストしてみました。

Posted on 2009-04-08 07:06:04, 0 comments. Read this article.
社会が老人に最適化されているから

老人のように考え行動するのが最も合理的ということになる。


若者向けに売り出されているものには興味を抱かず、死を前にした暇人のように日々を過ごす。


今の私の暮らしはけっこうそうなっている。妻がわりかしそういう人だからだ。


難点があるとしたら、稼ぎ続けることとの間に齟齬があることだ。


未来なんて信じてないのに、あたかも未来があるかのごとくに行動しないとそのうち体が動かなくなってくる。


どうしたらいい?

Posted on 2009-04-07 17:37:28, 0 comments. Read this article.
無題

http://www-inst.eecs.berkeley.edu/~n252/fa07/

Dave Patterson 先生の「へねぱた」の授業の readings で、計算機アーキテクチャの古典論文の pdf が色々読める。なんというかうらやましい。


http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1558605398


ここらへんの論文のMKPから出てるアンソロジー。Amdahl も H&P の RISC 論文も P の RAID 論文も全部載っている。ほとんど業界常識のものを集めて国内売価で 10000 円近い値段を付けるような行為は正当化できるものだろうか。これを「へねぱた」同様よってたかって国内の若手専門家が訳すというアルバイトの余地はある。ただ、そういう訳書が出たら私は買うだろうか? いや買えない。


http://leoclock.blogspot.com/2009/04/ullman.html

このエントリはこないだうちにも届いたばっかりの CACM の記事の翻訳。Jeffery D. Ullman (Hopcroft & Ullman の)先生に直接翻訳掲載許可を貰ったらしい。


もちろん、訳してそれから翻訳交渉までやって初めて何かをしたことになるのであって、遺族がいるなら遺族にコンタクトを取り、おそれおおいようなビッグネームでも臆することなくメールを出して打診しなければならない。英語力の問題も大きいけど、この気の重さはなんだろう‥もちろん敬意とか礼儀とか、社会常識の範囲であれば、面倒くさがるほうが人として間違っているけど、どうにもペイしそうにない努力が必要なことが、二人分にはぎりぎりの稼ぎで暮らす私にはどうにも重い。


それと、たぶん売名行為という罪の意識があるからだろうな。


自己表現をするような自分の「意見」とか「解釈」なんてたかがしれている、他人の言葉になるたけ寄り添うくらいしか自分にはできそうに思えない。結局のところ、本当の言論というのは他人の意見の尊重から始まるのだと思う。本当の報道が生の事実(それがどんなに哲学的アポリアをはらんでよーとも)の尊重から始まるように。そこをちゃんとやってはじめて権威というものと対抗できるだけの正当性を得られるのだと思う。


だから、翻訳者にとっての翻訳交渉は、刑事や事件記者が現場にお百度参りするのと同じなのだ。


とりあえずパブリックドメインだと確信できるものや、著者本人とさえ交渉すればOKなプレプリントや個人的なウェブのコンテンツから訳していくのはひとつの手だけど、計算機科学に関する限り、それに該当する文献はありそうにない。ウェブページで誰でも見れるからといって翻訳掲載まで自由なわけではないし。


それと抄訳になる場合どの程度の分量を訳せばいいのかという問題もある。

Posted on 2009-04-07 17:12:28, 0 comments. Read this article.
翻訳権あれこれ
Posted on 2009-04-07 06:43:21, 0 comments. Read this article.
Wikipedia の書誌テンプレめんどい

en:Ernst_Zermelo をちょこっと直したが正直どれを使えばよいのかよくわからない。それと bibtex から変換するツールがほしいとおもった。

http://en.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:Citation_templates


追記:ふむ mediawiki には bibtex パーザがあるわけね。この種の(本質的に複雑な)ことに複数の方法を用意するのは正直どうなんだろ。

Posted on 2009-04-03 09:42:24, 0 comments. Read this article.
サーベイするとき私が探してるとこ(随時改訂)
Posted on 2009-03-19 06:34:51, 0 comments. Read this article.
無限組合せ論と反映原理と現実世界の計算

\epsilon_0 以上の超限順序数の存在と同値な算術の命題群というのは tree とか order とか graph とかをすごく intensive に使うタイプのもの(の算術的翻訳)が多いように見える


組合せ的にみると状態数の急増加っぷりを PR とか Ackermann とかでは押えられないという状況。


実行時間を考えさえしなければ全ての計算機は同等だが、実際のところ VM のゲスト環境において見せかけているスペックを実現するにはホストはより強力でなければならない(だがどうがんばっても割り込み処理の速度はバスの仕様上同程度なのでよくゲストの時計が狂っている)。こういうことが数学理論の上でも起きていて、記号列の処理に還元するならば全ての e.i. な理論は(適当な翻訳の下で)ある意味同等だが、ある理論をイントロスペクトするためにはその理論をメタ数学的に操作するための急増加関数を扱える理論が必要。


要するに \Omicron (漸近記法、特に引数として「自然数を引数とする関数」をとる、IT 業界御用達のやつ)と \omega (順序数)の間には迂遠な関係がある。


ところで現実の IT 業界で出会うデータというのは集合のように uniq されていないし(primary key を除く)順序数のように sort 済みでもない。つまり、集合論というのは sort と uniq のコストを無視してデータ構造を抽象的に論じているわけだ。マタイ伝福音書10章によれば神様は世界中の人間の髪の毛一本一本までを数えておられるそうだが、結局 introspection = intern = enumulation = looking down from somewhere diagonal (power-ful) であり、対象が revise されてその view が stale になるということは(モデル理論の深いところでは事情は違うのかもしれないけど)基本的には起こらない(起こらないからこそ forcing というものが可能になっているのだろう)。一方で毎日 Oracle DB 上では sort がやり直され index がつくりなおされている。DB が見ている index は表そのものよりずっと小さい‥O(log 表の件数)くらい。モデル理論とは逆に、indexing によってより小さい世界からより大きい世界を想像しているのだ。当然新しい witness が世界に新たに出廷したら、それは単にいないものと考えられる。


漸近記法というのは、所与のデータ構造に挑む(現実にある)ヒントや(空想上の)オラクルを抱えたアルゴリズム同士の競争に絞られた視点である。たとえば暗号の鍵や平文はエンクリプト最中に変更されることはない。その基盤であるデータ構造が現実には「会員登録」「改姓」「住所変更」「監視対象の加除」等と更新されてやまない以上、運用する人間としてはむしろそのネストしたデータ構造のフルトラバーサル、フルソートの最悪計算量を知りたいことが多く、そしてそれは順序数そのものであるように思える。


いや、最悪計算量はもちろん意味があるけど(たとえばですね、夜中に RAID5 のディスクが1個壊れた、と。で rebuild する、と。お客様は「いつごろ終わるんだ」と焦り気味、とかそういう状況)、やはり必要なのは平均計算量か。index が stale だとはいっても、本当に全く stale なのかどうかはわからん。前回 indexing したとき以降の新参者は別テーブルに突っ込んでおき、そこだけ線形検索すれば手間は省けるだろう。


http://zeno.siam.org/proceedings/alenex/2006/alenex06.php の最後、171 番目の発表は optimal incremental sorting と、とてもそういう観点からは刺激的なタイトルがついている。内容はこれから目を通す。(.bib 書かないと‥ siam.org は BibTeX 対応がぜんぜんなっとらん ⇒ ここかよ http://www.informatik.uni-trier.de/~ley/db/conf/alenex/index.html)

Posted on 2009-03-19 05:09:27, 0 comments. Read this article.
RAND磐梯山は宝の山よ笹に黄金がえーまた成りさがる

冷戦時代のたのしい資料があるはずなんだ

http://www.rand.org/pubs/research_memoranda/RM4136/

http://www.rand.org/pubs/papers/P2169/

http://www.rand.org/pubs/research_memoranda/RM1296/

日米安保ヲタにはこのへん

http://www.rand.org/pubs/monograph_reports/MR612.2/

ネオコンウォッチャー向け(渡部昇一が生きてる限り改訳されない書籍版じゃなくてこっちの原論文を訳してばらまいたほうがいいんじゃねーか?ワシントンの連中が当時読んだのもこっちだろうし)

http://www.rand.org/pubs/papers/P7532/ -> バージョン違う? http://www.wesjones.com/eoh.htm

経済学ヲタ向け

http://www.rand.org/pubs/authors/h/hurwicz_l.html

http://www.rand.org/pubs/authors/s/samuelson_paul_anthony.html

http://www.rand.org/pubs/authors/n/nash_j_f.html

最適化とかをやる全てのひとに

http://www.rand.org/pubs/authors/d/dantzig_george_bernard.html

http://www.rand.org/pubs/authors/b/bellman_richard_ernest.html

こんな仕事もしてたんですね

http://www.rand.org/pubs/authors/q/quine_w_v.html

こんなん

http://www.rand.org/pubs/authors/s/simon_herbert_alexander.html

ネット屋向け

http://www.rand.org/pubs/papers/P2626/ (無料!)

Posted on 2009-03-18 07:36:55, 0 comments. Read this article.
書誌情報続き

doi.org とか crossref.org とかの役割がいまいちわかっていない。bibtex の最近のバージョンは crossref の項目があって、これをレゾルブするために crossref.org を見に行くらしい。学術系大手は大体協賛しているようだ‥


あんまりいろいろな ID が乱舞しても使いこなせない(ISBN は本の一意同定にはどのみち割と無力だし)。古い本に DOI は期待できないから、私みたいな好事家は結局は著者名とタイトル、出版社から地道に追い込んでいくことが多いだろう。


DOI の恩恵に浴していなくても、DOI の福音を広めることは重要だ。Avigad 先生の Publications ページは模範的だと思った。読めばわかるような論文内容の解説等は一切なし(的確なタイトルのおかげでもあるが)。自己顕示欲が全然感じられず自然体で Informative なところが一流の学者らしい。分野も全然違うが、Leslie Lamport 氏のはそれと対照的な、ハッカー的悪例だと思った。

Posted on 2009-03-18 05:51:51, 0 comments. Read this article.
書誌情報入力しまくり

あーつかれた


配属待ちの暇つぶしとしてはこれにまさるものはあるまい


ちょっぴり人類の知的世界を整理している気にもなれるし Avigad 先生の偉大さにたまげるなどの副産物もあり(よく見たら CVS の人たちが時々 Avigad 先生のサイトの論文に言及してるし)


困ったのがバージョン違い バークレー電子工学科TR と IEEE に投稿したやつが最初のページの 1/3 くらい内容が違う 結局登録を見送る


あと同じ論文なのになぜか重複登録があったり


あと Amazon で Springer の本を探しても SpringerLink で該当のをみつけてくれない、弱いぞ桂馬

Posted on 2009-03-18 03:21:26, 0 comments. Read this article.
正則性公理≒超限帰納法

なんだそうだったのか


いわれてみればあたりまえのようなきもする


一般に公理を付け加えれば付け加えるだけ矛盾に近づくわけで、プロパークラスがらみの矛盾を解消するために正則性公理があるわけではない。プロパークラスは公理を制限して出現しないようにするか、別の sort にして迷惑をかけないようにする(NBGはZFC+型理論)。

Posted on 2009-03-18 01:26:28, 0 comments. Read this article.
Project Euclid とか Google Book Search とか

CiteULike にとって Project Euclid とか Google Book Search への対応っていろいろ難しい面がありそう‥ここ見ても対応してない http://www.citeulike.org/post_url.adp


CiteULike の sponsored by 馬、という事情も重要だけど、E も G も(G は scholar も) citation に対する理解が無いというか、書誌情報がどこにあるのかわからない。書誌の無い本は同人誌も同然なのに。これは意図的にそうさせられてるのかもね。

Posted on 2009-03-17 07:10:18, 0 comments. Read this article.
理解したかどうかは使ってみるまでわからない

wikipedia 日本語版を眺めていて pumping lemma と Myhill-Nerode の使い方がようやく飲み込めた(本当は証明しなくちゃいけないんだが、今の実力では無理ぽ)


具体的に何を読もうかというと、Knuth の A characterization of parenthesis languages (1967)。括弧言語 (A^nB^n) は CFG の簡単な例で、自然界への応用もありそうだが、タイトルに偽りがなければ最初の数ページで上記のようなことをやっている筈で、これが読めれば一応家にある『詳説・正規表現』とかは全部古本屋に売り払う。


同様に LL(k) を理解したら A+D=P は半分くらい要らないし、こうやって本棚を整理してゆくのだ。

Posted on 2009-03-17 04:51:23, 0 comments. Read this article.
登録できねー

CiteULikeのプラグインて perl python tcl で書けるっぽい 日本の文献登録のたびにめんどい思いをするのはもう沢山なので暇なうちに着手したい


登録できない例:


http://en.scientificcommons.org/1938099 (これ自体は国内じゃないけど)

http://ci.nii.ac.jp/naid/110006478540/ (てなさくさんも書いてたようにこの人の研究、必ずしもトンデモではないと思う⇒結局ciniiからbibtexをもってきてimportして登録した。)


とりあえず cinii が急務ですな、まあ邦文文献が登録できて何か嬉しい? て向きも多いでしょうが


nii についていえば、webcat plus がフレンドリーに見えて全く使えんあたりが問題。


てゆーか、CiteULike のプラグイン開発する為にはまず自分ちに自分専用の CiteULike を構築せねばならないのか


あと2chとか苺BBSに arXiv 貼るやつ、xxx.yukawa.kyoto-u.ac.jp とか(京大数解研でホストしてるのだった)やられると CiteULike の arXiv プラグインが判断できねーからやめれ(昔は jp.arxiv.org でアクセスできなかったのかもしれない)

Posted on 2009-03-17 03:39:21, 0 comments. Read this article.
無題

bibtex 吐かせることを考えると、とりあえず手持ちの主だった英文邦文の書誌情報はまとめて入力したほうがいいな。EndNote とか買う金ねーです。


というより研究時間が取れねー。世の中には腰掛OLしつつ小説を執筆して新人賞獲った、とか、高校の先生をやりながら学位論文を仕上げたとか、バーを経営し、店を閉めてグラスを全部洗い終えてからこつこつと書いた小説が世界文学になったとか、そういうありえない話がごろごろしているが、まず克服すべき壁は罪悪感だな。


前提として、嫁さんを研究の敵だと思ってしまうと何もかもがうまくいかなくなるので家庭生活は聖域だと考える。まー研究内容についちゃ嫁さんはもちろん1オングストロームたりとも理解がないわけだが、ただ論文読んであれこれ考えるのが私にとって一番幸せだということは理解してくれている。


仕事をサボってウェブをだらだら見るのはたいした問題ではない。仕事をサボってもっとシリアスな別の、しかも全く銭を生まない仕事をする、ということの不道徳感が、つまり自分の足にはまった奴隷の鎖そのものだということ、はわかっているんだけど。



Posted on 2009-03-16 05:56:19, 0 comments. Read this article.
prefix property (CS暗号解読用語集)

※書きかけです


http://en.wikipedia.org/wiki/Prefix_code


no code word is a prefix of any other code word in the set. A code with code words {0, 10, 11} has the prefix property; a code consisting of {0, 1, 10, 11} does not, because "1" is a prefix of both "10" and "11".


この prefix property を持つ言語を prefix-free language という。私は集合の外延表記だけでうんざり、という層なのでなんかもうちょっとうまい説明を考えたい。たぶん E. Post の研究の内容とかを自分のような PHP 馬鹿にでもわかるように説明することがこの項の課題。ここらへんを見通しよく説明するために <i>Term Rewriting and All That</i> は持っている。もちろん読まないといけないんだけど、読める気がしない。http://www.jstor.org/pss/2371809 で提唱された Post's canonical system を理解するのが早道という気がする。(どうでもいいけど sendmail の FQDN 書き換え系って、canonical という単語を使うのが意味がわからんかったがひょっとしてこれもそういう関連なの?)



IT 業界には腐った項書き換え系が何種類かあり、そのうちのいくつかは Turing 万能であり、いくつかはそうではない。たとえば mod_rewrite の扱う言語(URL、または pathname)は prefix property を持たない。実数もそうだし、10進表記された整数表現もそう。で、文字列比較ができずパターンマッチしかできない機械は Turing 万能性を持たない。反対に、あるレジスタ幅に収まる固定長整数というのは prefix property を持つ言語になる。一番基本的な例としては {0, 1} とか ASCII だけど、Turing 万能性というのはこういう固定長の言語を基礎にして成立している。まあ、楽譜が音符の列に一意に分解できることが重要なわけ(12音技法とかセリー技法とかの理論的基盤ともいえる)。


TM より mod_rewrite のが高度に見えるけど、実際は制約の多い書き換え規則しか書けない、TM のサブセットであるにすぎない。そしてそういう制約を覚えるのはとてもめんどくさい。


いっぽうで M4 が Turing 万能性を持つのはもちろん ASCII のおかげだ。mod_rewrite は ASCII を扱えず、正規表現だけを扱える。だから、ルールのチェインをサポートしていようがなんだろうが、有限状態機械にすぎない。


GNU make の計算能力についてはとても微妙であるバージョン以前には再帰にバグがあって Turing 万能でない。


sed はホールドスペースとパターンスペースのおかげで Turing 万能性を持っている。編集した文字列をストアしておき、それと入力文字列の比較を行うことでどうにかなっているのだろう。


ytb 先生が紹介していた Svejdar(2006) の公理系 TC というのはほぼ sed のようなものなので(ただし文字セットが {0,1})、これとの同等性に帰着できるかどうかが鍵なのだろう。mod_rewrite では文字列の編集はできないと思うので。





どうでもいいんだけど、Post 先生には一方的な思い入れを持っている。計算論の生みの親の一人だけど、ロシアの植民地として外道な扱いを受けていたポーランドの人だったせいか(本当に優秀な一握りの人だけがロシアの学会とつながりを保っていた)、ハンガリーやドイツや英国の同僚たちと違ってなかなか業績を認められなかったし、日本での一般への知名度もわりと低い。例によってアカとナチが支配する地獄のようなヨーロッパを逃れ、アメリカへ亡命してコロンビア大学を出た彼にはポストがなくて、ドラマ『高校教師』の羽村とか、超関数論の佐藤幹夫教授とかと同じように、高校の数学の先生、後に市民大学の先生になって糊口をしのぎ、研究を続けた。ハンガリー侵攻の際に自殺した Koenig(子) とか、ナチの汚名までついた Gentzen に比べればはるかにましではある。ポスト博士にポストがない、という駄洒落みたいな状況の原因のひとつは、もしかすると控えめすぎる苗字のせいだったのかもしれない。

Posted on 2009-03-13 03:54:38, 0 comments. Read this article.
それにしても SOA の伝道師たる Thomas Erl という人

何冊も電話帳クラス(単語の意味が個人用番号簿に変わってしまった現在、この比喩もそろそろ昭和に置いてきたほうがよさそうだ‥辞書も電子版が普通になり、凶器になる、とかの代替表現がいまいちぴったりこないが)の本を書いていてよく疲れないものだと思う。


http://www.thomaserl.com/ のプレスキットとかを見ても経歴とかは一切わからない。google scholar を信じる限り、著書以外の研究業績もみあたらない。


こういう厚い(そしてたぶん同じことが何度も何度も何度も書いてある)本で信者を圧倒し洗脳するフェーズが続いている間は、別の信仰を持つ人間、体力のない人間は敬遠したほうがよさそうだが、どうも今回ばかりはそうもいかないようだ。

Posted on 2009-03-12 03:56:01, 0 comments. Read this article.
SOA Patterns

最新流行のバズワードには通常あまり関心がない。


パターンについては GoF を理解できなかった。実装言語で扱える抽象度というか型システムの強さによって、パターンが自明になったり実装不能になったりする現象がある(自明の例は JavaScript とか Haskell とか Ruby にいくらでもあるだろう。逆に、たとえば N88-BASIC で Observer パターンをどう実装するのか。Z80 アセンブラで書いたほうがはるかにましだろう。計算型 goto/gosub があればポインタとかオブジェクトはエミュレートできるのでそういう類のポケコンBASICでもいいかも)。つまり、GoF は C++ か Java でソフトウェアを作る立場の人以外がまじめに学んでも時間の無駄であろうと考えていた。


だがこれは看過できない。


http://www.soapatterns.org/


2008年に概念として確立するまでの歴史が http://www.soapatterns.org/background.asp で読める


SOA パターンは、言語基盤などの実装技術ではなく外形的な機能 function による分類であり、化学工学(プロセス工学)でいう「単位操作」unit operations の概念にようやく近づいたものと評価できる。プラント屋はパイプの損失やボイラーの効率、物流屋はコンテナヤードやコンベアのスループットを計算してきたわけだが、これらのパターンの抽出にあたってどれだけ計算量が考慮されているかは詳細を見てみないとわからない。パターンは全部で80いくつだかあるそうで、これらをすべて吟味するのは楽しい時間つぶしになりそうだ。

Posted on 2009-03-12 02:22:58, 0 comments. Read this article.
佐藤勝彦先生

富沢ひとしの『ミルククローゼット』のハカセのモデルになったこの人。


うちの父親が『宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった』を読んでいたのを思い出す。


それにしても Kant の提示した二律背反のどれだけが彼らの仕事によって形而上学ではなくなったのかな。「神」関係は時々威勢のいいのが出てきて無用だと宣告するけど、プロパークラスの有無が形而上学なら神もそうだろうと思う(私はいまどきアンセルムス的な存在証明以外はジャンクだと思っている。聖トマスの第一動因論は因果律批判に耐えない)。

Posted on 2009-03-11 00:28:39, 0 comments. Read this article.
基数と順序数

※以下は妄想です。数学史についてのなんらかの裏づけがあるわけではありません。誰かからのレスポンスを期待しているわけでもありません。もし目にしても黙殺してください。


http://en.wikipedia.org/wiki/Robertson%E2%80%93Seymour_theorem の Finite form of the graph minor theorem のあたりの記述をぼんやり読んでいると、


要するに集合論から反映原理(refrection principle)を取ると算術(PA自体、およびPAで定式化できる「正しい」(だが証明するには \epsilon_0 以上の順序数の存在公理を要求する)命題を付け加えた各種の理論)になるわけか、という気がしてきた。算術の対象であるところの自然数には「自分自身の中に埋め込まれた自分自身の(ある意味)縮小コピー」という概念がないけど、順序とかグラフの用語を使えば内在的に(ある意味)縮小コピーを扱えるようにはなる(もちろん集合論の高みから見下ろす、モデル理論という超上から目線もあるけど)。だから、反映原理は別の形で順序理論、グラフ理論に内在している。もちろん檜山先生がスノーグローブ現象ということを言っているのも圏論なら反映原理をもっと「使える」形で定式化できている、という主張なのだと思う。矢印が基本的な数学的対象なのだから圏論は順序理論のスーパーセットであり、当然そうなっているのだろう。


http://shop.tomizawa.co.jp/category/data_detail.php?fCategory=28&sCategory=09&pg=&ID=3616


これパンにつけて昔よく食ってた。



だからたぶん Zorn や Koenig(子)は「グラフ理論で言い直す」(つまりトラバースすべきデータ構造に着目する)ことで存在論的な厄介ごと(基数たちについて考えること)から逃げたわけだ。いっぽうで基数をいじり慣れていた Zermelo や Koenig(父)にとってはどこが厄介ごとの源なのかわからなかった可能性がある。


Kant が『プロレゴメナ』とかで書いているのは、世間のうわさによれば(私は何度か読んでみても読み通すことができていないので)、宇宙とか神とか時空の存在論(物理学的なものではなく、あくまで純粋に哲学的な)におけるある種の命題(真偽を決定しようとするのが不毛っぽく見える)について考えるのをやめにしよう、という提案だった。で、偉大なる Cantor ははっきりとこの反対方向を向いていた。私が Contributions で唯一少しでもわかったと思ったのが ordinal の説明(Vroon の脚注と Turing の超わかりやすい説明の助けを借りて、ではある)。digonal argument についてはわかった気がしない。incompleteness とかはぜんぶ digonal argument の発展系だと思うので当然わかった気がしないし、あまり興味もない。


なんか digonal わかる人とそうでない人に人類二分できそうな気さえしてきた。

Posted on 2009-03-10 07:58:54, 0 comments. Read this article.
Hardy, G H or subproduct of pre-independence-CH-efforts

急速に膨れ上がる数学的オブジェクトに彼奴が興味を示さないわけがなかった‥


http://www.citeulike.org/user/hubris/article/4154193


http://www.citeulike.org/user/hubris/article/4154191


どうも Rathjen(2006) の書きようだと、Hardy も CH / GCH に挑戦して敗れたわけだが、問題はそこで \omega_1 にたどりつこうとして使った ordinal の(Hardy 先生をなめすぎなのはわかっているけど、素人目には誰でも考える前に試してみそうに見える)構成方法が Veblen の方法の原型だということ。


なんか「対角線ワープ」みたいなことをやろうとしているのだが、Rathejen の書きようから連想したのは Emmett Brown の有名なデロリアンとか鳥人間コンテストだった。


私は \omega^\omega とか \epsilon_0 はたぶん理解できているけど、ある意味で世界の果てともいえるであろう \Gamma_0 がどんなものか、死ぬまでには理解したいのだ( \omega_1 というか、V=L とか \Aleph_2 とかには興味がない。理解できるとはとうてい思えない)。


でもこんなのどこで読めるんだろう。Q J Math は 1930- 以前は電子化されてないし LMS は直接連絡してこいという。Hardy/Littlewood ヲタとか日本には多そうだし、どっかに全集とかで入ってないもんだろうか。


それはそれとして \Gamma_0 は世界の果てじゃないらしい → http://arxiv.org/abs/math/0509244

まあそうなんだろうな

Posted on 2009-03-09 07:16:20, 0 comments. Read this article.
無題(格言的に)

あらゆるものごとにメリットとデメリットがある

自分が損をするようなことを正しいと思う人の家系は長続きしないから世の中にポジショントークが多い

食うために働くのが正しい、浪費するために稼ぐのが次に正しい、自己実現の為に働くのは最低

天秤だって両方の皿に重すぎるものをのせれば壊れる

金は天下の回りものだが繁栄で割を食う人はもちろん繁栄を望まない

捨てる神あれば拾う神あり、ただし拾う頃には腐ってるかも

みんなで決めて誰の望みも100%叶わないのがいいのに、最低一人にとっては望み通りになるのが神様の皮肉

教えてラビを作るのは落ちこぼれてシミュレールになる人がいてほしいから

Posted on 2008-12-27 01:40:12, 0 comments. Read this article.
この一連の記述にある種の美を感じるのは私の感性がおかしいんだろうな

渋谷署によると、飯島さんが相談に訪れたのは今年1月ごろ。また、テレビ朝日の報道によると、対応した署員に「1人で寂しいから話を聞いてほしい。精神的におかしくなった」と訴えた。署員が「なぜおかしくなったんですか?」と尋ねると、「薬をのんでおかしくなっちゃった」と説明。ミニスカート姿で現れ、特に取り乱した様子はなく、一通り話をして帰ったという。

Posted on 2008-12-27 01:27:58, 0 comments. Read this article.
0.5 1.5 2.5

hemi sesqui sester

Posted on 2008-12-25 06:36:18, 0 comments. Read this article.
無題

増田に書いたやつ。

もっと長い詩の下書きの一節だったんだけど推敲がおわらないというかタイトルすら決まらないのでかっとなって断片のみ出した。

Dr.苫米地も警告してたけど勃興が期待されている排出権取引バブルが人類文明に与えうる負のインパクトを無視しないほうがいいと思う。

=====

彼女は近しい人々にこう語った

「私がCDSを考案したのは

世の中に会社が多すぎるので

潰すことに収益機会があると

気づいたからだ

これは高層ビルを旅客機で

破壊するのに似ている

私たちの文明は

もうこれ以上迂回できない

自分自身を壊すことしか

することがない

よその会社が潰れれば儲かる

という話に喜んで乗ってくる投資家は

みんなで自分たちの首を絞めあっていたのだ

排出権市場も同じだ

グリードな資本の論理は

世界中の要らない工場を

森へと変えてゆくだろう

あらゆる国の人々を

飢え凍えさせることだろう

成長という言葉の定義を変えれば

貧困の実現こそが世界の目的になる

たとえ私がやらなくとも

いつか誰かがやるだろう」

Posted on 2008-12-24 08:18:35, 0 comments. Read this article.
ライブラリの置き場とか、あるいは「ここはだれ?わたしはどこ?」

フルパスで指定しないと自分自身の関連ファイルが判らん、てのは難しい問題だよなぁ

セキュリティホールのもとだから . を検索パスに入れちゃならんとか、そういうのはまあ環境が変わるたびにくりかえされているわけだが

一般的に現代世界で真のモノリシックバイナリというのは存在せずつまり LD_PRELOAD とかでフックできる余地があるわけだけどそういう揚げ足取りはさておくと

まずデプロイする際に自分自身の絶対位置をバイナリというか、XML なり preference なり ini なりレジストリなりに書き込んでやる必要がある

こんなのは OS (広くは実行環境)が全部面倒をみるべきなのだがそうなってない

たぶん人類や現代的な実行環境がレイトバインディングと称してうつろいやすい名前に頼りすぎるのがよくない

物の名前を幾ら覚えてもそれが何であるかはわからない、とファインマンがマレー・ゲルマンに言わなかったか?

Posted on 2008-12-24 07:35:42, 0 comments. Read this article.
電子ジャーナルのアク禁とか利用許諾とか
Posted on 2008-12-22 10:21:39, 0 comments. Read this article.
メモ
Posted on 2008-12-22 07:00:32, 0 comments. Read this article.
無題

真理を探究するには人のいうことを信じず自分で調べてみればよい。信じないだけでもけっこうなことがわかる。これが気違いがしばしば真理を喝破する理由

しかし本当に知りたいのは、うんざりする真実にたどりついたり、あるいは真実の所在はわかっても自分の知力や教育程度ではその内容の理解が現実的に難しい(理解するのに必要な努力を払えない)と知ってしまったときに黙り込みも意気消沈もせずに「まだこんなことができる、あんなことをする余地がある」と自分や他人を元気づける方法なんだよ。

どうすればいい?

Posted on 2008-12-21 16:35:54, 0 comments. Read this article.
知識の死荷重(dead weight loss of knowledge)

『要らない教養や知識に溺れている』ともっちーが歌ってからもう10年以上になるわけだが

結局毛沢東主義ってのは知識の死荷重に対する対策ではあったわけだ

上から目線はむかつく、とか、それを学んで俺に何の得があるわけ、とか、いろいろそういう叛逆はあって、その理由のひとつはこの知識の死荷重の問題。

要するに利害が明確でなくなり判断が的確でなくなる、ようするに賢くなるにつれて愚かになる

老いた人間が自分の人生は失敗だったと思い若いひとのためと思って何かを教えようとしても聞き入れられないのはこの問題による。要は競争上の若さのメリットをむざむざ殺すことになる

ものを知らないから未知のものに挑める、というのは挑戦者の知力を侮った話で、そんな言葉に踊らされる馬鹿な若者は実際多い(というか私自身そうだった)が、実際には既知の枠組みの中でひとより素早く踊らされているのを未知に挑んでいると勘違いしている(というか、全体を勘違いさせないと才能ある人はもっと保守的になってしまい既存の社会から搾取することしかしなくなるのだろう。いい学校を優秀な成績で卒業して詐欺や賭博を生業とするなら悲しいことだ)。実際、真に未知のものに挑むには誰よりも当該分野については深く広く知らなくてはならない。つまり、知識の死荷重をものともせず新たな経験に対して開かれていることのできるほどの柔軟な頭脳の持ち主だけが真に未知のものを知ることができる。これはもうどうしようもない。

Posted on 2008-12-21 15:49:43, 0 comments. Read this article.
毒による賦活(energizing by poisoning)

強心剤というのはあらかた過量投与で心停止を惹起する神経毒なんだけど

風邪薬でトリカブト入りのやつがあって、これは私にはすごくよく効く。

アッパー系のドラッグ、麻黄とかコーヒーとかBCAA、そこらへんの効力が失せても効く(こいつらはみんな糖や脂肪の代謝をブーストするから、老廃物がすみやかに排除されてる間しか効かないし、血中にブドウ糖や脂肪酸が出てくるスピードが落ちれば効かなくなってくる。利尿作用だけではたぶん十分でない。一応スマドラの定石的にはパントテン酸を筆頭にビタミンB群を足してやれば糖代謝の効率低下の防止にはなり、オロナミンCもブラックブラックもこの処方になっている)

血圧の上昇だけでも相当に効力はありそうだがそれだけか?

もちろん常用すれば何かまずいことになりそうな気はする。耐性/嗜癖の問題とか。すごくマクロな視点でいうと、すべての人に強心剤を投与してタイプA性格に改造すれば経済は活発になるだろうし心臓外科の仕事も増えるし老人は早死にして日本の人口動態的にはありがたい限りだが、資源の浪費もすごそうだ。

あと重金属イオン入りまくりのルイボス茶。規制対象にならないのは不思議。これは、えーと、自分の経験では生殖器系にかなり賦活効果があります。亜鉛とセレンと水銀あたりが直接の原因でしょうが。

散歩、気散じの語源になった中国の金属粉摂取の悪習をどうしても連想する。

「毒にも薬にもなる」の概念て西洋医学には希薄な気がする。毒を使う医療の極北はガンのケモセラピーだけど、味方にも犠牲が出る、というレベルの単純なトレードオフでしか考えてないように見える。

結局免疫系の賦活についてはあまり表立って考えても神経系の個人差が大きいので理論として切れ味がよくないのだろう。あと問題は毒だと知って処方することはヒポクラテス誓詞の第1条との兼ね合いで抵抗感があること。

強心剤の薬理をそれでも考えてみる(死の危険が迫ると生命力が云々というのは実感として納得できるけどそれでは科学にならない。以下はこの実感がどういう機構によって成り立っているかという憶測である)。まず神経毒なのでともかく神経系の性能が落ちることになる。神経毒の濃度が増えるに従い、伝達経路の少ない、どうでもいいシグナルから順番にミュートされる、というのがいかにもありそうな感じ(重金属の場合には末梢神経の感覚レベルがおかしくなる。これだけでも媚薬としての効果がありそう。信号レベルのバランスが崩れれば結果として強心剤と同じようなことになる)。ここで大事なのはスイッチング速度自体はそれほど落ちないこと。そうするとどうなるか。どうでもいいシグナルの処理に忙殺されていたリソースが解放されることになる。

つまり生命にとってより本質的な、脈拍とか体温とか血圧の情報(伝達経路に高度の冗長性がある)がホメオスタシスアルゴリズム(要するにエアコンのサーモスタットのようなもの)の判断において占めるウェイトが増えるのだ。

毒で賦活された身体は相対的に俊敏になるだろう。知識のたりない若者がすばやく的確に判断できるように。


当然神経毒ならなんでもよいというわけではないはずだ。体内の循環速度とか血液脳関門の通りやすさとかが効いてくるのだろうけど、たとえばサリンに医学的に有益な用途があるとは思えない。自然物だから良いということも(治験例の数以外には)ないだろうけど。

カプサイシンとかアリル化合物もその神経毒性の観点を無視しないほうがよさそう。なにかと毒ガスとの縁があるのはたぶん偶然でもなんでもない。カプサイシンは用量によっては疼痛の抑制にも使えるらしい(これも神経毒だから)。トリカブト(アコニチン)もそういう用途がある(西洋医学では使わないけど)。


デトックスを言ういっぽうでボトックスを頻用する美容業界のご都合主義には笑ってしまうけど。

Posted on 2008-12-21 14:34:28, 0 comments. Read this article.
Polyphenol-enriched oolong tea increases fecal lipid excretion

みつけた。(意味がわからないひとは電車のドア上の黒烏龍茶の広告をよーく見ること)

しかし US$32 はたかいよ‥

参考:http://www.suntory.co.jp/softdrink/kuro-oolong/cm/song.html

Posted on 2008-12-19 09:30:18, 0 comments. Read this article.
ベンチマークを公正にやりたければ

ベンチマークを公正にやりたければ、どこで働けばいいんだろう?

政府(産総研とか)?

PCベンダとかチップメーカとかアプリベンダじゃないよね。

SPECWeb の値とか見てキャパプラしてる人っていない気がする。SPECInt とか TPC-C だったら豊洲あたりでは使ってそうだけど。あの手の指標の最悪なとこは、セールスの役に立たないベンチマークは(ユーザーの参考になるとしても)基本的に行われないこと。specbench.org は業界団体だから。

労働問題に「政使」があって「労」の声がない、という話があったけど、似たような話。

誰も解析的なモデルのひとつも出さないまま闇雲に「現実的なシナリオ」を仲間内だけで共有して、そりゃデータセンタの廃熱が下がらないわけですよ。(そこで無駄遣いが減ったら世界が不景気になるわけだがそこはとりあえず不問)

早いCPUが遅いものに比べてどの程度有難いのかを推測する材料が乏しいのですよ。あんまりバランスの悪い機械はそもそも売られないので、1024羽の鶏 vs 2頭の牛、の比較は現在もそれなりに有効だろうけど。

キャッシュの容量の増減とかは完全に暗黒領域で、ここを制御すれば有益で現実的なデータが取れるのはわかっているけど、それゆえにIntelやAMDは秘匿している。ただアプローチとして、キャッシュ容量の小さいCeleronとかから攻めるのはいい案だと思っている。

高クロックの石と、低クロックでコア数の多い構成では、どっちがPCベンダーにとって儲かるか?ベンダーにとっては原価だけの違いだから、売れてくれるなら後者のがいい?

Posted on 2008-12-17 08:24:58, 0 comments. Read this article.
最大同時ユーザー数

very first approximation としてはサーバあたり2桁、つまり <100 というのがモデルに基づかない直観。c10k (OSがボトルネックになる領域)の達成は ajax など非同期処理が前提。同期化された時点で4桁が限界。これも直観。

これをどう正当化するか?(なぜ powers of ten で近似できるのか、という点に最大の問題がある)

まず前提。

1)サーバとクライアントは同じ世代の計算機とみなす。つまり QuadCore の 45nm の石が使えるようになったら、全てのクライアントがサーバと同時にこのテクノロジにリプレースされると考える。これはインターネット相手のサービスなら良い近似になっている。 2)サーバ側で主記憶の払底は発生しないものとする。 3)クライアント側の計算資源は(通信回線帯域とCPU/キャッシュレイテンシを除き)無尽蔵。つまり必要なファイルはすべて主記憶上にある。 4)往復のRTTはどうか。東京~大阪間の直線距離が400km。往復で800km。光は真空中で往復に2.66ms を要する距離。まあ3msとして、ファイバ税で2倍、光電変換、プロトコルレイヤその他で2倍程度? http://www.bspeedtest.jp/speedup.html を見るかぎり12ms-15ms なのでそれほど外れていない。 5)JMeterでの試験の場合、レイテンシはごっそり減るのでその影響は考えないといけない。スレッド数が同じでもその数倍のユーザー数に相当する。 6)評価基準としてはリクエストからレスポンス完了まで平均5秒、90%ライン8秒

Posted on 2008-12-17 07:30:24, 0 comments. Read this article.
OLEDB

ActiveX 関連の問題って最近聞かなかったけどこりゃまたずいぶんとアレな

http://www.microsoft.com/japan/technet/security/advisory/961051.mspx

しかしノートン先生が居ればtrojan入れようとした時点で阻止できる気もする

Posted on 2008-12-17 06:06:30, 0 comments. Read this article.
サキ短編集

日本語で読んだ。英語でもせめて半分か1/3のスピードで読めないと厳しいが途とおし。

Clovis Sangrail というのは星新一でいうところのエヌ氏らしい(意味は「血の(仏語)杯(英語)」カトリックの典礼になじみがある私には、あああれかという感じ)。借金執事の漫画が好きな人は好きな世界だと思った。喋る動物とか出てくるし。→ http://www.eastoftheweb.com/short-stories/UBooks/Tob.shtml

残酷とか冷血とか奇妙な味とか言われてるけど、全然ふつうじゃん。と思うのは自分が終わりはてた英国病の世界に住んでるからなんだろうな。


Posted on 2008-12-16 21:45:04, 0 comments. Read this article.
どうして日本のOracleはケチなんだろう

米国の OTN だとインスタントクライアントも Oracle10g/11i 本体も落とし放題なのに。

どうせサポート無しでは怖くて使えないんだから気前良くまいたって罰はあたらんだろうに‥青山にどーんと高いビルを作ったくらいだから(用賀の SBS タワーとかニューオータニからは出たのかなぁ)

ていうか日本オラクルのIPOのときにうちの亡母が400万つっこんでネットバブル崩落であっというまに溶かしたことを私はわすれない。なんつうかあの時点で何かが間違ってたんだよ。

Posted on 2008-12-16 08:41:41, 0 comments. Read this article.
PAM sucks

PAM は最悪の仕組みだと思う。要りもしない一般性の追求の結果あちこちほころんでいる。さすがに出尽くしたとは思うし、今更どうしようもないけど。

root 権限をアカウント(uid)と結び付けないでもらったり捨てたりできればいちばん良いんだけど‥

http://www.jp.redhat.com/support/errata/RHBA/RHBA-2005-540J.html

http://www.jp.redhat.com/support/errata/RHBA/RHBA-2006-0313J.html

Posted on 2008-12-16 07:59:11, 0 comments. Read this article.
su(8)

PAM っていうと農薬の解毒剤を思い出し su(8) っていうと素粒子物理を連想する

よくあるただの文系

Posted on 2008-12-16 07:24:00, 0 comments. Read this article.
もしもフランクフルト学派が蔵書ごとLSEにひきとられていたら、という歴史改変小説

そういう試みがあったのは史実。mjsk

ハイエクがアドルノに刺されてバッドエンド

ジャズの悪口が書かれることもなく

改変された歴史においてはヒックスは出世しなかったり

同じ伝でコウルズ委員会とシカゴ大学の死闘ってのもいいな(これも一部史実)

移ってきたモジリアニのネクタイで絞殺されたフリードマンの遺体を俯瞰してバッドエンド

Posted on 2008-12-14 22:57:12, 0 comments. Read this article.
中井信者

『こんなとき私はどうしてきたか』図書館にあったのでかりてきた

和む

引用が explicit にあってもなくても中井先生は中井先生だ〜

うぜえ信者きもい死ね

というか最近ドイツ語がやりたい病

19世紀〜20世紀前半の科学の進歩を歴史的に理解したければドイツ語とできればハンガリー語を読めるべきだとおもった

イギリスはまだしもその時代のアメリカなんてギブズぐらいしかろくなのがいないw

ヴィッセンシャフトがアメリカに亡命したらテクノロジーになったのです

Posted on 2008-12-14 22:53:43, 0 comments. Read this article.
マモンからガイアへ

崇める黄金の牛の名前が変わっても神官どものやりくちはいつもいっしょだ‥

Posted on 2008-12-14 22:44:10, 0 comments. Read this article.
神様

いないのは知ってる。いると信じてる。(←ふつーに解釈すればTでもS5でも矛盾する)

Posted on 2008-12-14 22:43:20, 0 comments. Read this article.
「環境管理型権力」論の限界

要するに利益をもたらしうる(営利性のない病的耽溺を惹起しない)「ほどほどの洗脳」「ほどほどの行動制御」というものが単一の主体によってコントロールしうる、というのが妄想。

人間を左右する力、条件というのは複数あって過剰決定的だ(重層的決定、と訳されたけどアルチュセールが言っていたのは要するに答えが振動する方程式の組のようなもの)

ひとを魅了する芸術とか、ひとを魅了する椅子とか、ひとを魅了する組織というのはいままでもあったし、その時々でかなり圧倒的な成功を収めたりもする。南ドイツのインテリがこぞってワグネリアンになるとか、Google に入社希望がひきもきらないとか。

コストの問題で良いことはいつまでも続かない、というのはあるけれども、もしそうだとしても、良さの境界条件自体が変化してしまえば「良い」ものはうちすてられかえりみられなくなる。

問題は洗脳技術、慰安技術の(破壊的でない)先鋭化が終わらないという事態が明らかになっているという閉塞状況にある。要するにモデルを作っては使い捨てる必要性があればモデルビルダーの転職市場ができるわけだけど、そういうくだらない仕事しかない、という絶望感こそが問題である。

個人的にはパワーポイントとか、エクセルとかはもう捨てるべき頃だろうと思う。パワーポイントに書くのはでまかせの嘘ばかりで、それは契約書のサブセットのように見えるだけの紙くずだし、エクセルの上で行われる「分析」にどれほどの信頼性があるだろう、ゴールシークと簡単なソルバしかなくて(そのソルバもアドインだし)乱数の実装はめちゃくちゃ、グラフの見栄えは数学的な意味を歪めるようなものだし、要するにいったん数学的な深みに入ると統計ソフトの偽物としかいいようがない。業務というのはきちんとした契約と、顧客の管理によって行われるべきものであって、それが無理だった異常な時代がここ20年だった。アドホックなモデルというやつの一番原始的なバージョンというか。

Posted on 2008-12-12 15:10:28, 0 comments. Read this article.
A. Grzegorczyk

ytb/20081209/p1 → どっか/~svejdar/papers/sv_ybk07.pdf

とりあえず Grzegorczyk 教授が存命中/現役で研究中ってのに驚いた

Posted on 2008-12-10 05:33:17, 0 comments. Read this article.
ノンタン

作者が逝去を伏せるよう関係者に頼んでたそうな。主要な論点はここで議論されている

mamono.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1228817682/

それはそれとして、2008年夏にやってた「ノンタンまつり」は作者の追悼行事だったわけで その(関係者の)奥ゆかしさに言葉がない

Posted on 2008-12-09 22:23:59, 0 comments. Read this article.
言葉にならない

日記そのものは味わい深いけれども

d.hatena.ne.jp/Midas/20081119

正直両方にシンパシーを持っている身としては言葉にならない

Posted on 2008-12-08 23:04:41, 0 comments. Read this article.
北部三県?

様子がわからんのでツアーがいいかも、と配偶者がいいだした

九州北部三県かなぁ。

高田保馬先生の墓前に花くらい供えてこようかなぁ。

Posted on 2008-12-08 23:01:45, 0 comments. Read this article.
すげ

入り乱れていてちょっと誰が誰やらわからんのがますだのだいごみ

anond.hatelabo.jp/20081208221044

Posted on 2008-12-08 20:58:49, 0 comments. Read this article.
あいつらのスピードで走ろうと思ったら

あいつらの話。

あちこちに墨を塗ってほのめかすか、信じているものを安売りするか、知っていることにでまかせを混ぜて増量するしかない。商売に乗っていることや水増しされていることを承知のうえで、歯ごたえというか、異物感のある部分だけを丹念に拾ってゆくのも大事だと思うけれど、正直「何かをこれ以上知ってどうなる?」という側、必ずしも無知ではないけども知ることを拒絶したい向きはまず水増しを指弾する。

はてブとかケータイというのはそういう小さすぎる窓として有効である。

根本的な問題は知れば知るほど価値観の矛盾の処理にくるしみ愚かになり黙り込み決めかねるようになることで、若いうちからそのように老成することは決して悧巧でない。

それでもなお自分の弱さ愚かさを共有してほしい、というなら、「このスピードでしか走れない」と宣言してからどうでもいいことを語るほかない。どうでもいいことでなければ十分に調べることはできない。

Posted on 2008-12-08 06:02:43, 0 comments. Read this article.
かのように

www.nature.com/nature/journal/v114/n2872/pdf/114714a0.pdf

Posted on 2008-12-07 02:13:35, 0 comments. Read this article.
本になっている(グラビア以外の)写真集というのはもう作れないのかな

家にはまだ九龍城塞の写真集があったはず

正直ドバイ行く気はしない。ただ、人類史上有数の奇観(バビロニアの空中庭園やアレキサンドリアの灯台レベルだと思う、なんというか中東人は悠久の昔からこういうのが好きみたい)が本になっているのは見てみたい。未着手の案件は絶望的だと思う。

パピルスの筆写よろしく画像ファイルのコピーで遠く未来へと伝わるのだろうか。

あと温泉街の写真集とかも欲しい。正直貧乏なので旅行先の選定材料がなくてこまっている。Google maps では土地の感じがつかめない。つうか私一人なら別にそんな下調べはしないのだが配偶者が旅行に向かないのであまりストレスのたまらない行き先を選びたいのだが

Posted on 2008-12-05 11:17:50, 0 comments. Read this article.
vacuum による表のサイズの変化

基本的にはまめにやるのが良いと思う

vacuum をしばらくやっていなかった表を vacuum すると、大抵サイズが膨れる。 直後にもう一度やると潰れて元のサイズより小さくなる。

これはおそらく領域確保をいっしょにやっており、しかもその算定根拠として前回の vacuum からの膨張率(サイズ増分/時間)を使って推定している。

他に問題があることとして reindex も vacuum full 同様表に排他ロックをかけるのでかなり困ったことになる場合もありうる

データコピーが最小限に抑えられ、oid が変わらない、というメリットはあるけれども、メモリ不足気味の環境ではかなり命取りになるような性質があると思う

まあ 8.3 以降は autovacuum が一般化するらしいのであまり考えてもしかたないかもだけど

Posted on 2008-12-04 19:05:13, 0 comments. Read this article.
停滞社会における長幼の序:再建初期

b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20081201193012

シーモア・クレイがGaAsにこだわりすぎてたとき老害とみなされていなかったか?

フィッシャー・ブラックはGS社員時代の終わり頃GBAを職場に持ち込んでスーマリばっかりやっていなかったか?

結局は技術の非連続的な変化によって文化が破壊された結果でしかない

停滞社会には別の途がある

Posted on 2008-12-02 17:43:47, 0 comments. Read this article.
歴史のうねり

k様の狂気には何か神の意思を体現しているところがあって見過ごせない。

あずまんへの褒め殺しはずいぶん前にもやっているけれども

これはfer-mat/realiste0氏とかについてもいえることだけど、

あとハンドル名の長いひととかファシストのひととか

理路はどうあれ権威にかみつき、相手にするまで挑発しつづける、というその行動

加藤くんはバンプオブチキンの歌詞を引いて疎外を語り、アキバでの蛮行はひとえにその独白を読む無名の人々に向けられていた

ワイドショーの時間を欲しいとか、アクセス稼ぎとみるひともいるし事実そういう側面はあるけれども

もっとまともな智恵を引きずり出すまで挑発は続く

もっと本気の言葉を引きずり出すまで挑発は続く

Posted on 2008-12-01 05:56:56, 0 comments. Read this article.
ファイヒンガーとヴァイニンガーの区別がついてない

ファイヒンガーてのは才気ある紅衛兵みたいなことを言った人で ヴァイニンガーってのは非モテのモンスターだよな

ドイツ語がからきしダメなもんでずいぶん損をしている

Posted on 2008-11-29 14:29:30, 0 comments. Read this article.
ネタじゃないとすると

anond.hatelabo.jp/20081127063438


関西のJ大、関東のR研?

Posted on 2008-11-28 14:58:20, 0 comments. Read this article.
インデクスのせいで表がはいらないって

そんなバカなことがあるのか?

Posted on 2008-11-28 10:17:32, 0 comments. Read this article.
様相論理関連をまるっきり理解してないのであれなんだけど

d.hatena.ne.jp/finalvent/20081127/1227743987

リジッドデシグネータがどうたらこうたら、というのは昔勉強したような気もするけど、あまりぴんとこなかった。同様に永井均的に解釈された独我論というのはわたしには正直よくわからん。ウィトゲンシュタインとか、パスカルとか、ひとによってはそこが重要で、それしか見ていない(うちの弟もそう)。社会的に共有されたものとしての真理の健全性とかに目が向く人(ようするにありふれた学問好き)にとってはあまり意味の感じられない話だと思う。

要するにドメインが違うのに同じ実体である、ということになんでそんなにこだわるわけ?という風に考えるひとには理解不能。で、擬似問題と言ってしまう。ただ、西洋哲学の文脈以外でもこの感じにおびやかされてる人はいる。まあ仏典のルーツはインドだから、けっきょくは印欧語圏の問題なのか、ただ、そういう問題意識にすっと引き寄せられる人とそうでない人というのはいる。

ともかくクリプキが何を考えていたか、という辺りについて嘘や適当なことを言うのを避けたせいで妙にぐにゃぐにゃしている。

Posted on 2008-11-28 09:45:51, 0 comments. Read this article.
平面幾何の(述語論理による)公理系はhilbertが与えたのがあったよな

いちおう最近ちくまから邦訳の文庫本も出たんだけど‥たちよみするか

Posted on 2008-11-26 02:30:58, 0 comments. Read this article.
智恵熱

前頭葉というか額のあたりが熱い

頭の芯に疲れを感じる

成長しているのなら悪いことではないはずだが問題は勤めに悪影響でまくりな点

読んでる論文が自分の理解力をちょっとだけ超えてる(そして多分あんまり向いてない)のが問題なんだろう、どういう話なのかは大体わかるんだけど具体的なレベルを想像したとたん脳のusageが100%張り付きになってなにもできなくなる

ネタが数式処理とか自動演繹とかだから変な暗示にかかってしまってるのかもなぁ、機械の気持ちになって考える、みたいな

そして英語のせいでさらに重しが(さすがに英語だから読むのが面倒、ということはもうない)

学校でちゃんと自然演繹の訓練とかしていたらこんなことにはさすがになってないだろうと思う

メラトニンのおかげで目覚めはずいぶん改善したけど

追記:Boolos の論文、tree method てのは判らんけど(引用文献が書籍なのですでに本棚1/3本がろくに読めもしない洋書で埋まっている我が家では嫁さんにみとがめられるのがこわくて買えない)命題計算の tableau 法みたいなバカみたいなブルートフォースっぽい。ともかく定理(補題)の適用というのができなくて、推論結果に最初の公理を繰り返し繰り返し適用する以外に証明を先に進める方法がない。だから平面幾何で補助線を引くような技巧が要らず、証明は PR なアルゴリズムで構成できるけど、そりゃ組み合わせ爆発もするわ、というのはなんとなく納得した。ちゃんと読むのはこれから。

雰囲気としては C++ のテンプレートでコンパイル時に2^nを計算してそれについて上向きの帰納法を(全ステップを省略せずに)99bottles流儀で只管読み上げるような感じ。それとも make のマクロでやるような感じ?計算しようにも(普通の意味での)自然数の性質が使えないのでなかなか酷いことになりそうな気はする。

あと公理が等式になっていることがたぶん重要で、これのおかげで∀のトラバースとか考えずに等式による項書き換えで計算を進めることができるのだと思う。一般の述語計算だったら話がそもそも成立しないと思う。

で、これで Prawitz が読めるようになったかなぁ。論理って難しい。というか本当にこんな崩れかけの大学院生みたいなことをしていて大丈夫なんだろうか。

追記の追記:ぐぐる様のお告げ:「プレスバーガー算術の命題の真偽判定は決定可能だけど手に負えない」。Boolos の論文に出てくる公理系は足し算(それも結合則のみ)と倍にする演算しか出てこない。

Posted on 2008-11-25 06:41:16, 0 comments. Read this article.
「りひと」を並べ替えると「ひとり」になる

りひと ならべかえるとひとり やくすとひかり

ひかり こだまよりはやく のぞみよりおそく

のぞみ はこのそこにあるもの すべてのぜつぼうのなかでさいあくのもの

Posted on 2008-11-22 03:00:19, 0 comments. Read this article.
不得意分野とか

化学工学のテキストを読んでいて、無機化学の知識はそれなりにある(小学校時代に高校の理系の化学の参考書を読んでた)ので化学種の記述には戸惑わない(反応式のモル比がまちがえてれば指摘できるレベル)が、しょせん文系(哲学少年だった)なので工科系の基礎がまったくできていない。

測定とか誤差評価とか統計とか検定とかそういう辺り。これでへねぱたを読んで「定量的アプローチ」がどうとか、はっきりいってへそで茶を沸かすレベルだ。世の情報系以外の工学系の人にとって、正直、日本の小規模SIの現場ってのはどういう風に見えてんだろう?

Posted on 2008-11-20 10:13:21, 0 comments. Read this article.
realist0 = uso-bakka-japan = leibniz0 = fer-mat

氏が何をしたいのかはわからんけど(少なくとも検事や判事の進路を自分で閉ざしてるし)

牢獄を楽しめるタイプだと思うな。そういう反体制派って昔からいるよ。

正直私も牢獄で論文だけ読んでられたら幸せだが嫁さんをひとりにするわけにもいかない

Posted on 2008-11-20 05:04:31, 0 comments. Read this article.
浮力と熱、銅金子、神経症、柄谷行人

パイが広がらないのに特定の個体ががんばりすぎる(エネルギーを浪費する)、という状況に対して、ヒト属ヒト科の設計者はどのような負帰還を組み込んでいるのか、という重大な問題がある。

低開発国における人口と食料、文明国における人口と生活水準の関係に着目したのは Malthus。これで社会科学的にはまあ終わっている。だが、化粧品業界のごとくマイクロファンデーションを求める経済屋は当然これでは満足しない。

まず知られているのが、体脂肪率の低すぎる人間の、筋肉の破壊による突然死。タンパク質の断片が腎臓に詰まるとあっさり危篤になる。あと、タイプA人格の急性心不全。これらは確率的にがんばりすぎる人間に死をプレゼントする。

もうちょっとあいまいなメカニズム。パーソナルスペースに対する侵害をストレスと感じる度合いは、自由に移動する機会が減るにつれて大きくなるというのが自分の感覚。ストレスの感受性はたぶん神経症圏の疾病と関連がある。あとは血糖値の変動パターンと躁鬱病の関連。いずれもヒトのインセンティブを根本で制御し、不況の生理学的な基礎を形作っている可能性がある。

どうでもいいけどメクラセイコーとオムファロスの3馬身差、というくだらないものを思いついた

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関係のない話。柄谷行人が著作中で『同型』(isomorphism)という単語を使っている例をサーベイしないといけないと思っている。かれは Kripke の Wittgenstein 解釈を『探究I』で日本に紹介したけれど(野家啓一による翻訳紹介より前?)、おそらくイェールにいた頃に(岩井克人の影響もあるんだろう)Kripke の論文を集中的に読んでいるはず。で、Pour-El=Kripke の議論をかれなりに理解した結果がかれの early Marx についての解釈などに影響していると私は思っている。なぜかというと、『批評とポスト・モダン』でなんかそんな話をしていた記憶がある。

Posted on 2008-11-20 02:23:39, 0 comments. Read this article.
くおんてぃてぃぶあぷろーち

定量化できないものは制御できない。

したがって統計offがデフォルトでインストールされていたPg 8.2迄は要するに分析不能な問題を作り出し、さらにその状況を所与として、プローブを仕掛けると性能が下がってしまうから、と解決不能たらしめるためのプロダクトであったといっても言いすぎでない。

もちろん製品の性格として統計情報一切なくひたすらフットプリントを小さくすることに血道をあげた製品があってもいいとは思う。しかしそうはいっても、そういうものを自分が作るならつぼをおさえたプローブの差込口は作っておくと思う。

いずれにせよ vacuum を手動にしていることとあわせてきわめて凶悪であった。

オフバランス商品の蔓延といっしょで、「悪いデフォルト設定」をすることでより広まるという呼吸がありそうに思う。

Pg8.3 で統計関係の設定は一新され、autovacuum もデフォルトが on となった。

Posted on 2008-11-19 12:47:10, 0 comments. Read this article.
Curry-Howard と de Bruijn

de Bruijn ってひとはいつも readable な英語を書くなぁ、英国人の英語の読みづらいことといったらもう(戦前の米国人の場合も同じだけど、教養がある人ほど読みづらい英語を書く)

しかし ZF への dis りっぷりはどうよ。別に集合論を勉強しているわけでもないけどこの偏向っぷりには引く。

Posted on 2008-11-18 15:46:25, 0 comments. Read this article.
算術の or die 意味論による定式化

証明=プログラム、というのに比べると命題=プログラム、というのはなんだか原始的な感じがする。

専門家にとってこんなトリビアルなことが?と思えることが一般人の落とし穴なのに。

実数論(解析)はわからないし二階算術になっちゃうからとりあえず避けて、あと論理学者しか興味を持たないような論理的な命題も避ける。

まあポストモダンで弁証法的な一部のアート系の人たちは(自分の居場所を確保するにはともかく常識に異を唱え続ける必要があるので)論理的な命題のぐだぐだ化に執着するから、論理学者が自分の領分を守ろうとなるのはわかるんだけど、詭弁が使える領域というのは弁証法な人にとって203高地のようなもので、ジャンク言語の機関銃弾で、斃れるはずのない論理学者が一方的に死亡宣告されてしまう。彼らの使用する弁証法は論理学者の論理のスーパーセットであり(なにせ矛盾からは何だって恣意的に導出できるし、気に入らないことは印象批評で否定すればいい)、破壊力も抜群だ。つまり正面から戦うのは得策でない。敵を直接倒すより包囲して補給線(周囲のひとたちの同情とか、なんだかわからない事を言っているゆえの尊敬)を絶って勝手に餓死してくれるまで待つほうが戦略としては高等だなぁと思う。

それにしてもあの一般受けしないシャイなモラヴィア人をポップスターに仕立てたのは誰なんだ。やっぱダグ・ホフスタッター?レイ・スマリヤン?

Posted on 2008-11-18 11:09:33, 0 comments. Read this article.
higher infinite

かわねーぞ

読めるわけがないんだから

Posted on 2008-11-18 10:51:11, 0 comments. Read this article.
counting up to / down from ω

d.hatena.ne.jp/tri_iro/20081117/p1

d.y.d.で以前書いてたやつとか、sumii先生のCurry-Howard対応の解説とか読んでも私は全然わからないわけだけど、これらの例って「命題論理」と「型理論」の同型対応をやっている事だけはわかる。

ただ正直PHPコーダー的にはメタレベルすぎて有り難味がいまいちな気がする。もうちょい具体的なレベルで論理と計算の並行関係を実感できるような仕掛けはないもんだろうか。もちろん、ここでは型推論やHoare意味論(論理によって計算の品質を上げる)と違って、計算から論理を理解することが目標。

述語論理でさえ抽象的すぎて(Prolog人足というのが第五世代コンピュータプロジェクトの頃には居たらしく、そういう層にとってはHorn節による知識表現は十分具体的だったろうけど)、今の低レベルきわまる(やってる人の頭が悪いというより、つまらない仕事しかない)日本のSI業界ではぴんと来る人が少ないと懸念される。

実行可能かどうかは別にして、いわゆる算術の理論が表面(構文)だけでもプログラミング言語の姿をしていたらどうか?現実の計算機と数学の違いは、結局自然数に上限があるか無いかだけで、もし上限のない自然数を書けるプログラミング言語があれば、それでデータ構造を定義してやるだけで好きなだけ無限級数だろうが無限精度の演算だろうが書けるはずだ(あくまで自然数に対して構成的な対象しか表現できないけど)。そうすると「実数」=プログラム、「言語」=プログラム、ということになるわけで。まあ、どう実行するかという問題はあるけど、たとえばωに適当な2^n(nはレジスタ幅なんで、そのアーキテクチャで表現できない最小の自然数ということになる。幸いx64のおかげでn=32とすることは難しくない)とかを代入するのはどうか(順序数の Turing 解釈、ただしこれではω^ω以上は歯が立たない)。

要するに述語論理よりω論理(無限個の項を許す命題論理)の方がわかりやすいと私は思っている。無矛盾よりω無矛盾の方がわかりやすいように。だいたい、人間は論理的含意でさえまともに扱えないで始終おかしな演繹(実は帰納)ばかりしている。だがω論理、それも含意なしで定式化されたやつは要するに「前段でエラーになるとプログラムがそこで終わるシェルスクリプト」みたいなものだ。というか perl で全部の文の後に or die がひっついているというか。これが判らん奴はあんまりいないはずだ。

どうもブール代数でさえ神様がくれたものには思えない。神様が人間にくれたのはやっぱり自然数だけじゃないのか。

再帰やwhileループは全部終了条件にωの出てくるforループに書き換えてまわる、それだけのことがそんなに有意義なのか?という気もするんだけど、具体的には「無限の幅をもつリスト」「そういうリストと同一視できる木」「そういう木から枝が伸びてる木」「有限の枝分かれと無限の深さをもつ木」とか、要するに数理論理学以前の Konig や Zermelo や Zorn の関心の対象でさえ、全くもって誰も知らないわけで。しかしこれがありふれたツリートラバーサルの一般論だと知ったらみんなどう思うだろうか。

で、こういうデータ構造を扱うプログラムの<停止性>を考えることは、論理を明示的に導入することなく証明論の議論をしていることに等しい。カット除去が数理論理学の hauptsatz なのは、論理の中で古典論理と構成的論理の両方を扱おうとする(そのアクロバットを理解する必要がある)からで、古典論理のほうを人間サイドに蹴り出してしまえば混乱はずいぶんと少なくなるのではないか?

もちろんこれは数理論理学のひとから見れば歴史の退化もいいところだと思う。しかし1931年から話が始まるのが普通のことだとすると、原始人とか文化的になりすぎて何が理性かもわからなくなったようなうすらバカでなくてもその話についていくのは厳しいのではないか?

Posted on 2008-11-18 09:39:56, 0 comments. Read this article.
quotes

"'Sorting isn't work?' Oedipa said." -- Thomas Pynchon, The Crying of Lot 49

"To my friends: My work is done. Why wait?" -- George Eastman, the founder of Kodak, on his suicide, 1932

"Philosophy always buries its undertakers," -- Etienne Gilson, The Unity of Philosophical Experience, 1937

"only the score needs to be written, which means a purely mechanical work, so to speak." -- Béla Bartók, written to William Primrose, on progression of his Viola Concerto

"You can either call me by name, pronouncing it 'Veert', or call me by value, 'Worth'." -- Niklaus Wirth

"It's not a perfect fit — this is economics, not physics." -- Paul Krugman

"If you were plowing a field, which would you rather use? Two strong oxen or 1024 chickens?" -- Seymore Cray

When you can't find the music / To get down and boogie / All you can do is / Step back in time / Ball of confusion / When nothing is new and / There's nothing doin' / Step back in time -- Kylie Minogue

"My mother taught me to always introduce myself." -- Eric Allman, just before issuing HELO/EHLO in sendmail/src/usersmtp.c

"in a sense, yes. i am usually online, and i usually know this answer." -- Paul A. Vixie, nanog list posted on Jan 28 1998

「何代集の彼ン代集のと申しても皆古今の糟粕の糟粕の糟粕の糟粕ばかりに御座候」-- 正岡子規、『再び歌よみに与ふる書』

「もう少し人類が発達すると、金の融通に制限を付けるようになるのは分かりきっているんだがな」-- 夏目漱石、『永日小品』より「金」

「結局、唯一の普遍的な検索キーは日時だけなのである」-- 山本智矢、http://tenjin.coara.or.jp/~tomoyaz/higa9812.html#981230

「コンピュータ・システムの場合、暫定対応か否かの議論は不毛だ。暫定でないシステムなど世の中に存在しないからである」 -- 高橋洋一、『さらば財務省!』

「何故計算機科学の人は片対数でグラフ書くんだ?」-- 牧野淳一郎、http://www.artcompsci.org/~makino/journal/journal-2009-05.html#23

「色々言うが東大法学部の卒業証書をもらった直後に官僚を脅迫した人間なんて歴史上存在しないわけだよ」-- 前田記宏、http://d.hatena.ne.jp/nomurayamansuke/20090610#c1244627109

select((select(STDOUT), $| = 1)[0]); -- an old Perl idiom

「1Springerは10Doverに相当する」-- 野田開、http://d.hatena.ne.jp/flappphys/20051124#20051124fn1

「孤独のない愛は独善であり、飢えのない賢さは薄気味悪い」-- absinth、http://absinth.exblog.jp/7495725

Posted on 2008-11-17 10:54:17, 0 comments. Read this article.
価格固定市場と均衡

blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/c503d3aab1a05c28fc7279afd0dd99da

森嶋の「固定価格市場」vs「伸縮価格市場」という議論を蒸し返している。

主夫目線で見ると、スーパーマーケットの定価販売って議論はおかしいと思う。たしかに生鮮食料品に比べて工場から出てきたお菓子とかは在庫になりうるからある程度は固定価格が成り立っているけれども、自由な食料品市場にはビッグエーとかドンキみたいなディスカウンターも居る。彼らが在庫を買い取り廉価販売することで、一物一価ではなくなる(まあ製造時期からの乖離を考えれば時間の経過によって別の商品ができたと考えてもいいけど定常状態では「新品」と「ばったもん」の比率も安定する)。これが長期では実勢の売価が均衡する原因となる。

実際に主婦の消費行動を考えればどこで買うかは重要で、これはつまり取引コストである。この取引コストを念頭に入れれば均衡は常時成り立っていると考えていいはずだ(ただこう考えれば「市場は均衡しているか?」というのは形而上学的問いであることがわかる、どっちでやっても筋は通るので)。

で、一般消費財じゃなくて資本市場の場合、紙屑になった倒産保険(CDS)を買い叩いて値上がりで利益を上げたい買い手、さらには転売するディスカウンターの参入は自由だろうか?ひとつには会計基準の問題があるので相対取引も規制されているし、インターバンク市場への参入も自由ではないと思う。さらに外国の買い手に対するバルクセールには国防上の問題があって、有形無形の横槍が入りそうだ。

というか値がつかない売り気配、というワルラシアン市場の一時的現象が長時間成立しているように見えるのはそもそも相対取引(双務契約)の網の目を十把ひとからげにひとつのCDS市場とみなしているからではないのか?シンプルなCDSの値段だけならいまも普通についている気がするのだけど。これをもって市場均衡をdisるというのは藁人形叩きのような気がする。

Posted on 2008-11-17 04:36:23, 0 comments. Read this article.
どーだかね

「そうして見れば、僕は事実上極蒙昧(ごくもうまいな)な、極従順な、山の中の百姓と、なんの択(えら)ぶ所もない。只頭がぼんやりしていないだけだ。」(『かのように』)

自分のようなものはむしろ積極的にぼんやりしていることを認めたほうがいいという気がする。考えれば考えるほど頭は悪くなり、感情は鈍磨し、必然的に物事は決められなくなり、多くの人に迷惑をかける、それでいいのだろうと思う。ダムだって砂で埋まるのだ、宇宙だって星が消え陽子が崩壊した後はブラックホールとフォトンだけの世界になるのだ、年老いるにつれ愚かになってゆくのも道理だ。

ちなみに私のフランクフルト学派に対する知識は『啓蒙の弁証法』『シニカル理性批判』あたりで途切れている。どうにもボルツという人の本は読む気にならない。

Posted on 2008-11-15 20:14:15, 0 comments. Read this article.
途上国の飢えが気になる人、先進国の失業が気になる人

なんかなぁ。

食えてんだったらぶーぶー言うなってのは真理だと思うから、私はどっちかといえば前者なんだろうな。

Posted on 2008-11-15 11:38:04, 0 comments. Read this article.
2年ぶりのJMeter

.jmxがShift_JISじゃなくUTF-8になってる。古いのをそのまま読ませようとしたらうまくいかない事があった。

トラブルシューティングの容易さまで考えると Mac でやるのが最強。シナリオのデバッグが終わってからなら Windows でもまあいいかって感じ。

機能が増えてるのにつかいこなせてない。orz

Posted on 2008-11-15 04:43:27, 0 comments. Read this article.
とりあえず

ant は忘れて maven2 使えばいいみたいね

.Net には nant というのがあるけど(nmake を思い出す)、maven2 に相当するものはないのかな?

まあ自分が eclipse 使うことは基本的に無いのでどうでもいいんだけど

メモ書き

神の見えざる手は何によって実際には動かされているか。あるいはパーキンソンの法則と労働市場の均衡について。

ある国の国民は税金の使い方が気に入らないので役人を半分に減らしたいと思う。だが明日いきなり官報で半数クビを宣告するのは無理だ。それだけの人数に明日からハローワークに通えとか自宅を手放せと強要するのは無理だ。

せいぜい独法化とかで暗黙の雇用保障を切り下げ、能力のある人が将来性に見切りをつけて出ていってもらうよう促すとか、俸給表から外すことでそれでも残る人の待遇の切り下げをやりやすくするくらいの事しかできない。

隣接業種への転換というのは転換すべき業種が巨大すぎるとこういう風に時間がかかる。

これを政治的歪みと評してもいいかもしれないが市場はいつでも正しいとするならば供給サイドが集団的抵抗によって需要を強要することも一般均衡の境界条件と考えてもいい(その産業ではたらいている人の賃金の総額の「下方硬直性」というのは結局これにつきる)

装置産業が極限まで効率化されている現代、失業のバッファとなるのは各種の官僚制であって、それは SI 業界の場合には多重下請けという形で実現している。その場しのぎでしかない筈の計算機システムがなぜ永遠をめざして異常な工数を以て実現されているか、その仕掛けの一部は「より安い提案を冗長性の観点からおすすめしない」などの集団的抵抗によって維持強化されている。

麦穂とトウモロコシを食い尽くせばイナゴはどんなに大勢いても畑の中で餓えカビに寄生されて死ぬ他ないわけだから、人気の業種に人が集まるのは、食べ物の不足によってこの世から放逐されないことに賭けているということになる。死んでしまえばどんな政治力もなくなるからだ。

Posted on 2008-11-14 05:58:58, 0 comments. Read this article.
ダボハゼ的

フォーサイスのなにか、確か『第四の核』だったよーな

Posted on 2008-11-14 03:41:05, 0 comments. Read this article.
さよなら某プロジェクト

成果物の抹消作業中

作業補助でつくった出来のよいシェルスクリプト何本かを汎用化して(プロジェクト名が残らないように)別リポジトリに移す。

あれほど大勢の必死の努力が結局赤字、かつお客さんの側でも捨てることになったというのはむなしすぎる

かかわったひともみんな去ってしまったし‥

Posted on 2008-11-12 05:51:12, 0 comments. Read this article.
human resource, firm, society, civilization and the universe - as WORM media

藤本隆宏は製造業をWORMメディアに対する情報の書き込みとして定義づけたが、これは森羅万象についての議論に拡張できる。

ある区切りを入れて外的影響から相対的に隔離することで情報システムは成立する。だがこれは内部で生成した情報を書き込まれてだんだん劣化してゆく。(負の情報エントロピーを失いゼロに近づいてゆく)

劣化の本質は検索時間の低下であり、検索時間の低下は空き領域確保の遅延であるから必然的に書き込み速度も低下してゆく。(エンジンがオーバーヒートする=ラジエータによる散逸、情報消去が間に合っていないときのような、熱力学的効果)

この運命からひとも部署のblogやwikiもファイルサーバも企業も社会も文明も逃れることはできない。

Posted on 2008-11-12 00:54:21, 0 comments. Read this article.
無線LANのエネルギーと頭痛

無線LANを有効にすると頭痛がする、というのはぽつぽつ報告がある。5GHzの電波で直進性が強いから、そういうことがあっても全くおかしくはないんだけど(昔の 802.11 は頭痛はなかった気がするし、もっと飛んでたような)。

PHS や携帯は2GHzちょいだけどこっちはあまり気にならない。

Posted on 2008-11-08 02:47:38, 0 comments. Read this article.
CDS

CDS の発案者、Blythe Masters のインタビューは最近 AERA に出ていたような気がする(読んでない)

おかしいのは生保・損保の契約には必ず戦争条項があるのに倒産保険、もしくはその再保険である CDS に恐慌条項は無いらしいこと。どちらも保証対象がごっそりまとめてお亡くなりになるから、そもそもの確率論に基づく計算が成り立たなくなるし、保証の売り手だって予測不能なダメージを被っている可能性が高いわけで(もちろん、どう高いか、というのはモデルが破綻してるのだからパーセント表示はできないけれど)、今更「黒い白鳥」がどうのというペダンティックな駄弁を弄しているのは保険数理業界での長年の経験と英知を愚弄していると思う。まあ、そういう知識社会学的な問題(アクチュアリーとクオンツの間で文化断絶があり、または半ば意図的につくりだされて、新たに経験から学ぶ余地が生まれたこと)こそが超過利潤の源泉なんだろうけど。

恐慌によって儲けるビジネスモデルは、戦争によって儲けるビジネスモデルが封じられた結果として出てきたということかもしれない。

それにしても(ある文脈における)「モデル」という言葉は全部「カリカチュア」に置き換えたら世の中の数理妄信も少しはましになるんではないか。故ナンシー関と私とでは戯画化能力に雲泥の差があるわけで(そもそも私は似顔絵は一切描けない)、社会現象の数理モデルを作るというのもそういう種類の芸術に似ている。

Posted on 2008-11-08 01:53:47, 0 comments. Read this article.
KY

コスト部門なので、最良のジョブセキュリティは「居なくてもいい人」に徹することだと思っている


引継も要らないよう情報は抱えず、いつでも首にできるように行動したほうが却って首にならない


辞めさせたがっている人には抵抗しない。


心がすりへっていく気がするけど、その気持ちを否定しなければ生きていけると思う。

Posted on 2008-11-06 07:08:27, 0 comments. Read this article.
「k kk kkk から k+ は極限同定できない」

k kk kkk .... は学べないけど、k^1 k^2 k^3 .... は k^N になる。


「麻生太郎 は 吉田茂 の 孫 で ある」「安倍晋三 は 岸信介 の 孫 で ある」は丸暗記するしかないけど、「A は 祖父(A) の 孫 である」はトリビアルな普遍的真理である。


もちろんテンプレート生成=汎化(最尤推定とかそういうの)は確率論的なマジックなので、そここそが学習理論の肝なんだけど、ともかく無限級数だろうがなんだろうが、有限長の表現への還元方法をいったん見つけてしまえば、それは学習可能になるし、関係述語を導入してやれば、学習が個別例の丸暗記以上のものになる。これが予想(conjencture)とか発見的推論とか呼ばれているもののコアだろう。


で、学習したものをあらためて部分的に展開しては論理でもってチェックすることで、数学というものが成り立っている。

Posted on 2008-11-05 23:09:52, 0 comments. Read this article.
identification in the limit and an vague answer to Hume's critic against inductive inference

檜山先生んとこに書いた荒らしじみたコメのコピペ。


なんつうか元の問いの答えにはなってないし言葉遣いがあちこち間違ってるんだが(文の長さ N に対して可能な構文木は log N くらいで増えると思ったので「線形オーダ以下」と書いたけど、「二乗オーダ未満」くらいが妥当な線かなぁ)で極限同定という概念自体はやっと理解できた気がする


ようするに文の長さ(トークナイザの出力によって文字数だったり語数だったり)と同じ長さのテンプレを用意する。未知数の長さは最大で文の長さと等しいから、N = 4 だったら XYZW みたいなテンプレ(最弱の仮定)なら反駁されないなんだけど、XXXX みたいな強い仮定をして、反駁のかわりに、新たな文にも新たに強い仮定をする。そしてその和集合をとりあえずの言語とする。


あれ?詳細がやっぱりわからん。


まあともかくポパー対カルナップみたいな話だ。


はてな民だとバイオインフォマティックスとか心理学とかやってる torly さんとかに教えを乞いたいとこだけど torly さんは kajuntk さんを引き合いに出して、知識のレバレッジを否定してるし、けっきょく自分で学ぶしかない


ていうかそういうのがくだらないと思ったのもはてなのアカウントを捨てた理由のひとつだし


あと prefix-free てのは「どこから文が始まってるかちゃんと判断できる」て理解でいいんだろうか


それと文法のある場合の帰納推論については下の説明では無理解を晒しているとお風呂で考えてて思った。単語の並びからの帰納推論では高々有限の長さの言語しか推論できない。個々の単語ではなく品詞の並びとしてみることで、新たな構文を学べるような気がする。ともかくいかにも半可通なのでもうちょっとなんとかしなくては


hubris 2008/11/05 15:49 http://www.osakafu-u.ac.jp/affiliate/active/pdf/h16/o1140.pdf とかそういう話ですよね?

一応アルファベットは有限で文の切れ目、語の切れ目は検出できたとしてたしか kAhA kBhB から kXhX は極限同定できるけど、k kk kkk から k+ は極限同定できないとかそういう結果があって(有限の長さのテンプレートにあてはまるものを推論するだけだから人間のやる帰納とか発見的推論のごく一部ですよね)、たとえば CDMA 無線(デジタル携帯)でちゃんと復号化できるかとかそういう話だったかと。

E.M.Gold や D.Angluin の論文のコピーは手元にあるのですが例によって全く歯が立ちませんorz

hubris 2008/11/05 16:01 もちろん論理式の場合だと bonotake さんのいうように汎化規則があるわけで、自然言語一般よりはテンプレートの生成は機械的にできるわけです、自然言語でも当然 SVO とか範疇文法とかのパーズツリーが頭の中にある場合にはもっと強力な推論ができると思います。金沢誠先生の本でそういうのを扱っていたのですが読めてません。

ただ、2例だけでどうしてその規則が妥当だと判断してしまうのか、というのは心理学の領域ですよね。

hubris 2008/11/05 16:26 連投すみません。上で「機械的に」と書いたのは「総当り的でなく組織的に(文の長さの線形オーダ以下で)」というつもりでした。

hubris 2008/11/05 16:52 すみません後一回だけ。

問題はこの「文法規則の推論」に、論理的含意の特性は一切使われておらず、単に文の語順だけを頼りに推論していることです。

してみるとおそらく人間は特別な訓練をしないと論理的含意を正確に扱うことができないんじゃないかと私は思います。推論できてるように見える大半の人は実際は言語を推測しているだけなんじゃないかと。



謎の you80 さんの移転先 you801106.blogspot.com/

Posted on 2008-11-05 09:48:07, 0 comments. Read this article.
d.hatena.ne.jp/active_galactic/20081102/1225583906

ブラックマンデーで爆下げしたとき Goldman-Sachs の自身の研究室にいた Black はなんか僥倖発言をしてたはず

Posted on 2008-11-04 11:38:28, 0 comments. Read this article.
Amdahl's law and memory hierachy

http://journal.mycom.co.jp/column/architecture/135/index.html

Simple example of application of Amdahl's law.

Posted on 2008-11-04 11:02:55, 0 comments. Read this article.
知識の生産と廃棄のサイクル

ITが現在の世の中で果たしている知識社会学的な機能を考えなくてはいけない。たとえばカシオとシャープの電卓の使い方は違うけれども、その覇権を巡って両者が相食むことは考えづらい。いっぽうで LAMP スクール、Java スクールおよび C#/ASP スクールは同一の目的を巡って対立している。かつてのMSDNは大量のCD-ROMを送りつけることで旧システムの知識の廃棄を促すものだった。


シカゴ学派には宇沢とルーカスが含まれ、彼らには共著論文もあるのに、宇沢は合理的期待形成という規範を日本に輸入するのを妨害したといわれている。闊達な議論(最盛期には相当にオープンなものであったらしい)と、博士論文のハードルを上げたことの両面でフリードマンの功績は大きい。これも知識の生産と廃棄の面から検討する必要がある。

Posted on 2008-11-04 06:06:08, 0 comments. Read this article.
Xerox PARC の崩壊(1982-1983)

基本的にマネージャのBob Taylorが離職してDEC SRCを興した1983年がPARCの栄光の時代の終わりらしい。この時期にいちいち名前を挙げるのもめんどくさい程研究員が辞めている。1982年末に米国は不況を脱している。要するに移る先ができるまでは大企業はその潜在的な生産性を保持するために優秀な人材を飼い殺すけれど、好況に転じたとたんにみんな逃げてしまう、というよくある話。

Taylor に伴って PARC から DEC SRC へ移り DEC の解体で MS Research へ横すべりした Lampson の業績一覧。Euclid と Cedar は検証可能なプログラミング言語という事で、コードに動作仕様を書けるような代物か。 http://research.microsoft.com/lampson/Systems.html


Posted on 2008-11-04 05:02:06, 0 comments. Read this article.
ディベート脳の恐怖

明敏であるべきときと晦渋であるべきときの区別くらいつけたほうがいいんでないかと思うけれども

結局晦渋(自分自身に対するひとりごと)であるというのは他人に対するアピールでないからそれだけで却下なんだろうなぁと思う

価値観を相対化するときは感情的になってはいけない、淡々と独り言のように書かないと自分の欲望に足をとられて知りたいことがわからないから

喜んだり怒ったりしている人からはほとんど何も学べない、残念ながら

Posted on 2008-11-02 04:32:56, 0 comments. Read this article.
マジレスとしての供給側経済理論?

けっきょくblackの経済学ってlafferのサプライサイド理論の合理化なんじゃないか

まあオーストリー景気循環論全般に共通する特徴しかみてないのかもしれないが

ただこのひとの場合失業による人的資本形成の問題を無視してないし必ずしも重商主義でもないし

Posted on 2008-11-01 16:14:13, 0 comments. Read this article.
資本主義の危機についてのmarxとschumpeterの説の比較検討

とかやらんといかんかなぁ

schumpeter は政府が戦争の結果としての公債発行により借金爆弾を抱え、それを民間資産の接収で返すなりそれで裏づけとして塩漬けにするなりという話を『租税国家の危機』でしていて、これはオーストリーの戦後処理案として schumpeter 自身が蔵相としてシリアスに検討したがこの案は実行されなかった

同時期のドイツワイマール共和国の蔵相が hilferding だったり、今回の恐慌のときの FED のトップが bernanke だったりするようなもので、危機の場合には政治ではなくて知識による任用がありうる

もうひとつの schumpeter の話は資本主義の危機ではなく安楽死で、『主義^3』に出てくるこれは morishima の指摘によれば WW2 後の英国で或る程度実現し、また thatcher によって可逆的なプロセスであることも実証された

marx の場合には信用の最後の出し手による民間企業の救済という話になっているっぽい、こちらの方が今回の事態には近いらしいが、資本論のどのへんに書いてあるんだろ?私が持っている第一部は労働市場の分析だから、信用恐慌は産業予備軍説の背景として出てくるだけっぽい。正直全体を読む気力がない

追記:シュンペーターの『経済発展の理論』に相当する内容が二部、『主義^3』は三部っぽいな



blog.goo.ne.jp/kitanotakeshi55/e/c5cafc847318c5cdf8666a5ae31dc58b

Posted on 2008-10-31 05:30:29, 0 comments. Read this article.
形而上学

晩年の聖トマスが天使たちのハイアラーキを論じる様はかわいいけれど

存在者をむやみにふやせば問題が解決すると考える点で特定の言語やフレームワークを信奉する人々は形而上学者そのものである

そういうことをしても世界において可能な事が増えるわけではない

イエス様の教団では「駆け込み訴え」(C)太宰、であったものが「とりなし」のハイアラーキとなる様はあまりにもgeekにとって見慣れた光景であり、したがってその階層構造をシンプリファイしたルターや近代的全体主義で置き換えたカルヴァンもまた

そうやって系のレイテンシが増大し微小入力によって系全体の挙動が大きく左右されなくなることが「価値」という現象の本質かも

Posted on 2008-10-31 01:24:19, 0 comments. Read this article.
ヒューリスティックとしての陰謀論

弟とのディスカッションのメモ。

『円の支配者』で信用という問題の所在に目を開かれたので、陰謀論というのは発見的推論の方法として有効だと思っている。

恩寵というのも懐疑主義者に対してウイルスのように作用する一種の陰謀論に基づく神学的思考である。

実際のところどこまでが力関係で決まっているのか、という評価自体が対立軸になるので

陰謀論の欠点としては妥当している力のその妥当性の根拠についての検討が甘いということ(権力観の貧困)につきる。だが彼らはその欠点を代償として、現実は人間の意図によってつくられているという真理を片時も忘れない。

eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-8fe6.html

Posted on 2008-10-30 04:25:24, 0 comments. Read this article.
「社会主義者が剰余価値所得範疇を擁護するなよ」問題

日本の無自覚な社会主義者にとって、銀行預金の金利は良くてFXの収益はダメ、そして銀行に貯金している人の方がFXやってる人より裕福で、FXやってる人はブリュメール18日の意味でのルンプロ扱い。

要するにゆうちょだけじゃなくて日本の民間銀行というのは彼らにとって政府部門の一部なわけです。そして老人に対する利子は社会保障の給付の不足を補完することになっている。それでもゼロ金利の否定のロジックは錯綜してると思うけどね。一方で政府部門とみなしつつ、一方で金融政策が銀行に対するレントになっていることを非難するというのはどういうことか?要するに「本来は政府部門であるべきものがそうなってない」という非難?

共産圏における銀行預金とか国債の扱いってどうなってたんだろう?そもそも共産圏では定義上、国営企業から剰余価値は発生しない。

Posted on 2008-10-30 04:04:50, 0 comments. Read this article.
なんか

blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/fcaae87da109e3cf20654d535f3039a0

ファイナンスの人には裁定余地の焼畑農業とかノイズと情報の勝負てのは常識的な発想だと思うしアロウとかサミュエルソンとかアカロフがそういう研究をしていないとも思えないんだけどなぁ

マクロの人てのは国全体が平均して富むための方法を研究しているから(アダムスミスも重商主義もその目的が違うとは思えん)たとえばFXの円ショートで貧乏人が小遣い稼がねばならないような世界にさせないための研究のことで(だから必要があれば移民政策を厳格化したり関税を上げたり固定相場制に戻したり貯蓄を強要することをよしと主張しだすかもしれない)、その見解がファイナンスの人の(方法論としてそもそも利己主義以外ありえない)見解と対立するのも当然な気がするし

関係なくもないかもな話:ブラックが解釈した実物的景気循環だと代表的個人が「今」余暇を犠牲にしてはたらくと「後で」その分がまとめて帰ってくるのが失業という事になっているそうで、それは常識的に考えて変だとブラックは言うんだけど、「今」裕福な人が自己実現の為にはたらくとその分「後で」貧乏人が失業して妻子を食わすこともできなくなる、という現実を反映していると理解できるし、それは代表的個人の中での配分の問題を捨象してGDPの総額だけみてればそうなるわな

こういうふうにケインジアンの論理で弱者切捨てができるというのは興味深いけど(ルーカスはもともとマル経だったらしい、シカゴ学派は JPE という雑誌を擁しているわけだけど、ポリティカルエコノミーというのはすくなくとも日本ではマル経の別名なのでいろいろ考えてしまう)

同様に代表的個人をみている限りインフラの完備した先進国ではばらまきの効能はないはずで、実際のところどれだけ hand-to-mouth な(明日のない、絶望的な)連中が居るかに依存する、見合わないリスクをとりたがるのは人間としては愚かなことだが生命として本当に愚かなのかどうかはわからない

en.wikipedia.org/wiki/Representative_agent

あと経済学者をめざすのでもなく物理とかですでに既習でもない自分にとってマクロ動学というかラムゼイのハミルトニアン、つまり「今から∞の未来までの積分した値を最大化する際の境界条件を求める」とかいうのを理解するための労力が引き合う気がしない、勉強しようと思ってずっと本棚においてある森嶋無資源国もブラックの均衡理論も要するに比較静学であってラグランジアンだけ考えればよいということらしい

まあそれはつまり解析力学をまじめに勉強する気がないなら学者の言い争いは無視してその政策的インプリケーションだけ見てよさそうかだめそうか判断したほうがいいってことで、それは知的な態度とは言いがたい気もするけど

Posted on 2008-10-29 06:43:55, 0 comments. Read this article.
when magics realize

脳波モデムみたいのが進歩して思うだけでタクシーを呼べるとか脳内手順書に従って淡々と作業してるのに傍からは何もわからないとか手を動かすことなく翻訳を進めるとかそういう未来を夢想する

結局物性を呪文で変えることはできなくて、単にナノマシン技術の進化で紛い物が世にあふれかえることでしか実現しない未来

まあ実際には意欲不足の問題が大きい。現実がネットに従属させられてる観のある昨今でさえすでに問題なので

Posted on 2008-10-28 04:33:26, 0 comments. Read this article.
funny japanese

随時加筆予定

くしゃくしゃぽい

ましまし

Posted on 2008-10-28 04:01:27, 0 comments. Read this article.
daemonization

「祖父が生きている間に父を殺すことを、悪魔化って呼ぶんだよ。」 d.hatena.ne.jp/nuc/20080406/p25

しかし hsqldb とか mysql の起動スクリプトはどうしてあんなに不必要に複雑なんだろう

二重起動を排除するためにサブシェル fork してスピンロックとかしてるんだぜありえねぇ。 0.0.0.0:9001 に対する listen で排他制御できるじゃねーかよ

シェル関数で daemonize(1) 相当物を用意してほしいよ‥

Posted on 2008-10-27 03:22:33, 0 comments. Read this article.
resource consciousness

Javaワールドで仕事してる人はシステムが「壊れてるかもしれない」という発想をしないんだよなぁ

どんな環境でも動くヘビーデューティーな代物をJavaで書くのはそもそも無理なんだろうけど

私だけが非常識なのか、それともお客様はないがしろにしてよいというのは常識以前なのか

Posted on 2008-10-24 13:58:13, 0 comments. Read this article.
freezing phase space

ガベコレは木を縮小することにはならないか? デフラグは? 用語をその本質に即して(本質というのが過去に戻れば明らかとは限らず、むしろHW資源が潤沢になるにつれて明らかになっている場合もあるのが厄介)きちんと定義しないといけない。単なる枝刈り(腐った枝を切り捨てる)ではトラバーサルの時間はたいして減らない。増える可能性もあるかも。 高野豆腐ならフリーズドライを繰り返すだけである程度はシュリンクするが、計算機の場合、無効データを無効とマークするだけではすかすかのデータ構造が残るだけで、メモリシステムに対するブロック転送の負荷(キャッシュの汚染度合い)は変わらない。

Posted on 2008-10-20 08:50:41, 0 comments. Read this article.
大規模化する理由

http://d.hatena.ne.jp/AntiSeptic/20081018/p1

とりあえず「多重下請け構造」の話をするんじゃなくて「小規模案件なら小さい会社でも受注できる」という話をすればここまでひきずりまわされる事もなかったんだろうけど

問題は発注側がなぜ案件をむやみに大規模化し、本来要らない筈の geek 共に仕事を投げ与え続けているのか、だよな。需給が一致せず、geek 共が全員失業し飢死なり生活保護なりになっても不思議はない筈なのに。それはこれから起ることなのかもしれないけど。

なかなか全く無関係な分野への転業というのは難しい。炭坑労働者がまとめて要らなくなったときは莫大な再配置コストの一部を国が負担していたけど、山一証券がつぶれたときはそういう話はなかった。まさか全員自殺したわけでもタクシー運転手になったわけでも外資に再就職したわけでもないだろうけど

そういう意味で SI 業界の「より将来性のある」お隣さんというのはなんだろう、思いつかない。まず真っ先に解雇の嵐となるのは外資系金融会社であって、ドメスティック SI に恐慌の影響が及ぶのはもう少し後なんだろうけど

自分は10年後どんな仕事をすれば嫁さんを食わせていけるんだろう?それとももう二人分の練炭を用意すべき時期に来ている?

所帯持ちとしてはもちろん解雇が目前に迫れば戦うことになるんだろうけど、たとえ未来に自分がクビになることを予測したからといって自発的に辞めてもっと「将来性のある」=今はペイしない職に移るのは無理だ(その一番極端なケースが絶対に解雇されない、生活コストもない、無限の将来性の約束された天国への移住と幽霊への転職ということになるわけだけど)。いま安い株を買って値上がりに備えるように次の職のことを考えて勉強するのはありえない話ではない。

ある職業集団が自分たちの悲惨な末路を予測しないという自己欺瞞によって社会の形の変化に抵抗するということもあるような気がするけど

Posted on 2008-10-18 05:51:51, 0 comments. Read this article.
why there's no alternative for money (in Japan)

地域通貨等の転々流通性の獲得を阻む諸法律 これらの法律が必要に応じて適用される為、 地域通貨とかポイントサービスだけで暮らせるような事態は阻止される

紙幣類似証券取締法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/M39/M39HO051.html

出資法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S29/S29HO195.html

プリカ法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H01/H01HO092.html

外為法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S24/S24HO228.html

特に重要なのは出資法で預かり金業務を禁止していること(その系としてプリカ法でチャージ金の払い戻しに制約を設けていること)で、信用創造はおろか100%準備のゆうちょのような銀行もこれにより規制当局から自由な形では設立できない

最近これらの制限に真っ向から挑んだ通貨創造の試みとして円天があり、これは他のねずみ講とはその網羅性において一線を画する(これらの法律がなければ円天経済が成立していた可能性はある)

デフレになると「消費者にカネがまわらない」事態の対策として地域通貨とかポイントサービスが クローズアップされるが、上記の法律群(いかなる国家も類似の法律を具備する)と、デフレの 受益者である現金の大量保有者がポイントサービスに乗り換える利得が無いために「離陸」できない

フランス革命の貨幣的側面はブルジョア層の担保している価値をブルボン王室が大量の 国債発行によりインフレを招き毀損したことに対する抗議ということになるが、 王室は廃棄されてもフランは廃棄されなかった

Posted on 2008-10-16 08:59:08, 0 comments. Read this article.
thinner fundaments of CS

Kenji Rikitake warns in http://d.hatena.ne.jp/jj1bdx/20080929/p1 「知っているべきコンピュータ・サイエンスの基礎の部分が年々やせ細っている」

IMHO Computer Science as a whole is a sort of kitchen-sink. My point of view is one of IT infrastructure operator's, and for me some of CS is needed to be reorganized as a subfield of Process (Chemical) Engineering.

Recently I'm reading Hennesy & Patterson 4/e(in Japanese), the origin of quantitive approach, and can't help feeling still 博物学的 and 瑣末 Now we can't avoid performance approximation like G.Amdahl's and J.Gray's rules of thumbs, more reliable reasoning criteria for these rules must be explored.

throughput maximization is considered much more easier than profit maximization (cf. Debreu 1959) or optimal taxation (cf. Ramsey 1927), but non-thermodinamical nature of computing machinaries denies "physical" approach. 計算機構、すなわちバスやメモリやCPUは情報理論的には時間を止められ駒送り状態となった内燃機関に等しい、すなわち「熱」の出入りはすべてのゲートに立っている無数のマクスウェルの悪魔による許可制なのだ(ヒートシンクを外して悪魔たちを焼き殺せば別だが)。勝手に「冷えて」くれることがないファイルシステムや RDBMS に情報を書き込んでゆくことはその書き込み速度を(インデクスエントリの追加や空き領域の探索時間増大等により)次第に低下させるので、カルノーサイクルに似たものであるということをすべてのITインフラの設計者、運用者は意識すべきであるが、定期的に vacuum や reindex で「冷やす」必要のあるPostgreSQLの設計はそういう事に無頓着な顕著な実例であり、手動でデフラグの必要なファイルシステムもまたその類である。そしてその辺りに対する定量的アプローチが基礎事項として教えられているとはあまり思えない。

If you need to double the throuput, half the latency of all the components. Z80 running at 4MHz could be doubled by clocking up to 8MHz, if DRAM(or SRAM) can follow, but same thing is simply impossible in 2008 with 2GHz Xeon QuadCore and North/Southbridges. We can order 3.33GHz Xeon, but no such thing like 4GHz Xeon. We can spin up 5400rpm HDD to 10000rpm, but can do nothing for 15000rpm SAS disks. RAID0 or similar interleaving can achieve less latency, but no one knows approximate performance of such configuration.

Educated programmmers and Scholars loves mathematical details of algorithms but 目的のスループットを得るためにいつでもプログラムの改良の機会が与えられているわけではないし、プログラムの個々の部分の計算量についてはプログラマ自身もライブラリや動的言語のランタイムに丸投げで無知ということも多い。プログラマのみが IT の付加価値の源泉であるかのような言い方の背後にこういった現実への無知、ないし意図的な無視、自己欺瞞があるのではないかと私は疑っている

Posted on 2008-10-10 15:57:15, 0 comments. Read this article.
supply makes demand: why we work hard

constant return to scale in national product means some labor-intensive industry buffers unemployment. 儲かる仕事にひとが群がって非効率化し、あるいはコンプライアンス等が強要される

Posted on 2008-10-08 08:34:20, 0 comments. Read this article.
[Q] roundabout production and labor/capital intensity

I want to know connection between roundabout production and labor/capital intensity.

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/7d77f960c95374fcb968f9429b05503d Nobuo Ikeda says on Hayek in 1970s, "おもしろいのは、資本と労働の誤配分が長期にわたって続く原因を、ハイエクが「低金利によって過剰に資本集約的(roundabout)な生産が維持される」ことに求めている点だ。" and derives some conclusions of his own, IMHO it needs more reasoning. "日本の成長率が落ちているのは、輸出産業に依存した景気回復のメッキがはげ、国内産業の低生産性が露呈してきたためなので、金融緩和は不動産・建設などのゾンビ企業を延命するだけだ。" but needless to say, real-estate, construction (and IT) is regarded generally NOT SO ROUNDABOUT. http://elastica.jugem.jp/?eid=180

If Ikeda is EVEN not so wrong (I think so), I think Ikeda implicitly state an interesting and important problem: WHAT IS ROUNDABOUT PRODUCTION IN NON-EQUIPMENT INDUSTRY? I think, "roundaboutness" is "latency". half latency overall the system results in double throughput, but generally double throughput is 達成される with more "roundabout" hierarchical memory system that hides latency, with data structure setup/housekeeping cost (See G. Amdahl's legendary paper). so I think the answer to the problem above is hierarchical management layer of companies like 多重下請け構造 multiply-layered business partnership

but, HOW CAN WE STATE PURE CONTRIBUTION OF CAPITAL (suppose Cobb-Douglas form of production function) in such management system? Before we test speculations above with real world, we need solve this problem. maybe such KEIRETSU partnership requires much slack (inter-corporate credit and positive going concern, especially on supplier's profile). so credit crunch involves disorganization of such KEIRETSU.

Schumpeter must have done such argument long ago, but I've just started to read his "Entwicklung"

constant return to scale is IMHO related to data structure housekeeping which require pause in operation or at least slow down. When we VACUUM FULL and REINDEX in PostgreSQL RDBMS, we pay such cost.

Posted on 2008-10-07 00:37:48, 0 comments. Read this article.